まずは柔和な言葉だけを話そう、と誓う 「阿摩昼経」その1 | 釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~

まずは柔和な言葉だけを話そう、と誓う 「阿摩昼経」その1

「長阿含」第13・第30経の「阿摩昼経」を読みました
(『現代語訳 阿含経典 長阿含』4巻)。
訳は、御大・末木文美士先生です。
さすがに名訳、と思うのは、ひいき目か?


このお経は、長めだし、読みどころがいろいろありました。


「五戒」がありますわな。
一般には、
不殺生(ふせっしょう) - 生き物を殺してはいけない。
不偸盗(ふちゅうとう) - 他人のものを盗んではいけない。
不邪淫(ふじゃいん) - 自分の配偶者以外と交わってはいけない。
不妄語(ふもうご) - うそをついてはいけない。
不飲酒(ふおんじゅ) - 酒を飲んではいけない。


といった説明がされますが、どうも表現が無味乾燥。


人生でやってはいけない「戒」について、
もっと具体的に、豊かに説かれているところが「阿摩昼経」に出てきました。
日々の生活のなかで、
「あっ、いかんいかん」と自分をチェックできるぐらいに
具体的に書かれております。これは頭に叩きこんでおきたいもの。


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生類を害することなく、武器を捨て、恥じる心を持ち、一切のものを慈しむ、
それが不殺(ふせつ)の戒である。


盗もうとする心を捨て、与えられないものは取らず、
その心は清浄で、ひそかに盗もうとする心がない、
それが不盗である。


淫欲を捨て、梵行を浄らかに修め、念入りに一所懸命励み、
欲望に染まることなく、清らかに生活する、
それが不淫である。


虚言を捨て、誠実で欺瞞がなく、他人をだますことがない、
それが不妄語である。


二枚舌を捨て、もしこちらの言葉を聞いてもこちらに告げ口せず、
離反している者があればうまく和解させ親しみあうようにさせ、
語る言葉は和やかで時宜にかなっている、
それが不両舌である。


言葉は柔和で麁悪な言葉を捨てる。(すなわち)言葉が粗雑で、
好んで他人を悩ませ、怒りを生じさせる、そのような言葉を捨て、
言葉は柔和で怨みを生ぜず、利益多く、
人々は敬愛してその言葉を聞くことを願う、
それが不悪口(ふあっく)である。


かざった言葉を離れ、言うことは時宜に適い、誠実で理法に従い、
戒律に従って諍いをなくし、機会があるときに語り、
言葉をむやみに語らない、
それがかざった言葉を捨てるということである。


飲酒をやめ、放逸のあり方を離れ、香料や装身具を身に着けず、
歌舞やあそび女を観に行かず、高い座席に座らず、不適当な時間に食事せず、
金・銀等の七種の宝石を手にして用いたりせず、妻を娶らず、
召使や象・馬・車・牛・鶏・犬・豚・羊・住宅・園林を蓄えず、
偽りのはかりによって他人を欺かず、また、借金せず、人をあざむかず。
いつわりをなさない。


このような悪を離れ、諍いごとや様々の不全をなくす。

行為する際は時宜にかない、不適当な時に行為せず、
腹具合に合わせて食事をし、しまいこむことがなく、
身体に合わせて衣服を着て満足する。


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「殺さない」といった行動だけではなくて、問題は「心」なんですね~。

それと、言葉についての戒がなんと多いこと。

まずは「どんなムカつく人にも、柔和な言葉を話す」

ところから始めたいと思います。


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