4章
 
そして、春歌のお腹も目立ち始め、マスコミ等に気付かれて大騒ぎにならない為にも、部屋で過ごす事が多くなった2月14日。
旦那様の誕生日、バレンタインの今日。
春歌は、旦那様が用意していた材料でケーキを作り始めていた。
 
内緒で、買い物に出掛けてケーキを作ろうとしていた事は、簡単に旦那様に気付かれていたらしく、春歌が気付いた時には冷蔵庫に材料が揃えられていて、出掛けに
『無理したら、お仕置きだよ?』
甘いウインクとキスを残した。
 
「もう…最高の旦那様です」
 
ご機嫌に、泡だて器で卵白を泡立てていく。
クルクルと回していると、頭に幸せ一色のメロディが溢れてきた為に、途中で手を放すのは良くない事だと分かってはいても、春歌は手を一度拭うと五線譜にペンを走らせた。
 
「♪~♪」
 
流れて来るメロディに合わせて、ハミングをしていると、胎動がいつもよりも大きくなってくる。
それは、まるで親子で作り上げている様な感覚に囚われて、更に曲は良いモノへと変化していった。
 
 
_____その後。
少しどころか、かなりの時間離席してしまった為、膨らみの悪いケーキが出来上がってしまった事にショックを受けつつも、春歌は愛情込めた作品を作り上げたと、お腹を摩りながら可愛い存在に報告をする。
 
 
夜になり、両手に真っ赤なバラを持ったレンが帰宅すると、美味しそうな香りと共に、春歌が笑顔で玄関に小走りで迎えに出た為に、花束を横の棚に置いて、すぐにその軽い体を抱き上げた。
 
「駄目だろう?」
「すみません…早く…会いたくて」
「可愛いね。でも、もうしないで」
「はい」
 
甘い会話は、夫婦になっても変わらない。
微笑み合って、額を合わせると、キスを交わしてお互いの唇から愛を伝え合う事が止められなくなる。
 
 
春歌が昼間卵白を放置していた時間と同じ位の甘い時間を過ごした後、料理とケーキを春歌は食卓に並べ、近くにあるピアノの鍵盤に指を躍らせた。
 
その指のダンスと共に流れる曲は、聞く者全てを幸せにする効果があると、レンは微笑みながら聞き入る。
出会ってから、その才能は分かってはいたものの、愛情を込めて接して過ごす時間が長くなればなる程、成長をする愛しい者の存在が、自分から切って離せない程…まるで自分自身と同じ位置になってしまったと、レンは長い前髪に指を通しつつ心で呟く。
 
愛情込めた料理。
自分を思って作った曲。
そして、二人の愛の結晶。
 
「本当に、オレは幸せだね」
 
演奏邪魔にならない様に、小さく呟きながら、レンは今迄の人生で一番の微笑みを潤んだ瞳で作り出していた…。