amethsyt,+α


彼女に何度話しても、分かってはもらえない。
 
『真斗君が人気で…』
 
彼女は、親友に
<心配しなくても良い>
相談をしているらしい。
 
もっと重要なモノは…。
<彼女を奪われないか>
それだけなのに。
 
自然体を愛している。
 
街中を彷徨っていた時…自分の中に常に存在していた空虚な部分に、温かなメロディが流れ込んで来て、冬から一気に春の温度へと変化させた効果を与えたのは、彼女。
 
何度話しても、
『それは、真斗君にあったモノで、私のは切欠です』
謙遜と言う言葉で、彼女は逃げてしまう。
 
どれだけ、愛を伝えたのなら、彼女は俺だけのモノになるだろうか…。
 
この世に生を受けた時には、足元に線路が用意されていた。
歩く事も出来ないうちから。
 
嫌で。
自由が欲しくて。
常に、ジレンマを抱いていた。
 
_____でも。それに抗うだけの強さが…無かった。
 
 
 
 
「真斗君?」
「…ん?どうした。ハル」
「えっと…お茶。しませんか?」
「ああ。そんな時間か」
「はい」
 
時々、学園に入る前の事を思い出す事がある。
仕事で身や心を忙しくしていれば、常に付き纏う闇が心を埋め尽くしたりはしないが…連続した予定に、ポッカリと時間が空くと…<暗闇>に襲われてしまう。
その時も、俺を救えるのは、彼女だけ。
 
休みの日は、何かの理由を見付けては、彼女の部屋を訪れる様にしていた。
邪険にする事も無く、彼女は俺を招き入れて、今作っている曲を聞かせたり、連弾を強請り、
『付き合っているのだから、遠慮なく、いつでも来て下さいね?』
可愛い微笑みと共に、毎回それを言われたとしても、常に表面的は付き合いが身に染みている体と心は、素直に受け取る事が出来ない。
 
 
理由。
彼女の傍に居る理由が…必要。
 
リビングのソファーに座り、まだ粗削りな新曲の楽譜を見つつ、自己の内部に視線を向けていると、その暗闇に弾む声と温かな紅茶の香りがしてきた。
 
いつの間にか、かなりの時間が経過していた…。
 
「すまなかった」
「え?」
「楽譜に集中し過ぎた」
「そんなっ。真斗君に見てもらえるだけで……」
「ハル?」
 
軽く頭を下げて、ソファーに座る自分自身の膝を見つめていると、コロコロと流れる様に話していた彼女の声が止まる。
気になり、顔を引き上げると、頬を桃色に染めながら、ポロリと涙を一粒、彼女は…零した。
 
「ハル!」
「…あっ…すみません」
 
ティーセットが乗ったトレイを机に置くと、彼女はキッチンの方に逃げる様に移動しそうになったが、それを逃がすような事を、俺がする訳が無く…。
数秒後には、可愛い小鳥は震えながら、俺の膝上に捕獲された。
 
フルフルと身を細かく震わせながら、大きく開かれている襟元へと溢れる程の量に変化した涙を、作り出す姿は…不謹慎と分かってはいても、艶やかなモノを感じてしまい、強く抱き締めた。
 
「ハル」
「…真斗君」
「何があった」
「……」
 
 
俺と彼女は、変な部分が似ているのかもしれない。
相手の事を思い、それを深読みし過ぎて、本心を伝える事を躊躇う。
もしかしたら、嫌な言葉を告げられるのかもしれないと、心に鈍い痛みを感じたとしても、愛しい者の微笑みと幸福を最優先にしたいと、叱咤して言葉を紡ぎ出した。
 
「寂しくて…真斗君のお仕事が沢山なのは、嬉しいです。でも…一人で曲を作っていると…寂しくて…」
「ハルっ。俺は、お前だけを求めている…本当に謝罪しなければいけなかったのは、今共にいるのに、お前を放置した事だな」
「…そんなっ。私の我儘…んっ」
 
俺達は、言葉が足りない。
お互いを失う気持ちが、常に心を責めている。
 
これ以上放置していたならば、確実に更に深く自己を傷付けそうな言葉を作り出しそうな唇を、深く塞いだ。
 
温かい。
彼女は、作り出す音楽と一緒で、唇も心も、春の様に温かで、触れる度に俺を癒してくれる。
 
「愛している」
 
その言葉を、キスの隙間で伝えていく。
 
 
____もし。
不安に思うのならば、お互いの心に、
<深い愛の芯>
揺るぎ無いモノが出来るまで、キスをしよう。
 
愛の言葉に、その思いを込めて、部屋の色が茜色に染まるまでキスを重ね続けた…。
 
 
 
 
「ま…さと…くん」
「どうした?唇が痛いか?」
「う…っ…はい」
「それでは、此処に」
「ひぁっ」
 
暫くして、彼女の瞳から、悲しみとは違った色の滴が零れ出した事に気付いて、唇を離すと、瞳はトロリと融け始めていた。
この瞳。
誰にも見せられない。
本人の無自覚で作られる艶やかさは、求める者にとっては、
<絶大の破壊力を持った媚薬>
唯一無二の宝珠になる。
 
唇から、全ての水分が無くならないうちに、涙が流れて行く首筋に狙いを変えて、その白い肌に夕日色を刻み始めた。
 
「やぁ…っ」
「お前の体は、何処に触れても甘いな」
「…朝食べた…チョココロネのせい…でしょうか?」
「くくっ…ハル…お前は…」
「?」
「変わらないでくれ。俺のプリンセス」
「…はい」
 
嬌声に変わり始めた声を聞きながら、まだチャンスが無く渡していなかったアクセサリーで、ギリギリ隠せるか…その痕が、まるでそのパーツの一部に感じるかの様な場所に、キスの花びらを残すのを再開させた。
 
誓い。
それだけで、お互いの絆が深まるのなら、何度も重ねよう。
温もり。
言葉だけでは、伝えきれないモノがあるなら、何度も重ねよう。
絆。
まだ、重なり合って短い愛なのだから、想いを愛を、何度も重ねよう。
 
 
「ハル。お前だけを愛している」
 
その言葉を、腕の中で、同じ言葉を繰り返す、愛しい存在に、俺は繰り返し告げて…愛を注ぎ込んだ…。