今でも、時々。
息苦しい時を思い出す。
もう手術は成功していて、バラエティーで体を使ったコーナーに、全力で参加する事が出来ている。
儚い感じ、イメージは、俺様の中には欠片も存在していない。
今でも少し身長は足りないけれど、男気だけは、誰にも負けない、負ける感じもない。
ただ…日向龍也だけは、別格の存在。
俺に足りないのは、大人の色気なのかもしれないけど、今持てる全てで、前進して行けば、熟成したモノを手に入れる事が出来る筈。

____俺には、コイツがいるから。


微熱で、以前の体ならまだしも、完治して鍛える事を追加したのだから、久し振りのオフな今日。
ゲームをしたり、アイツのしたい事をさせてやりたい。
色々計画していたけれど、俺との1日が楽しみだったのか、待ち合わせ場所ではなく、部屋まで来た春歌は、有無を言わさず、ベッドに押し込む行動を選んだ。

「大丈夫だって」
「駄目ですっ」
「さっきまで、普通に寝てたんだし…」
「駄目ですっ」

いつもは、何をするのにも、上目遣いで周囲の様子を子リスの如く警戒しつつ動く様なのに、こう言う時は、頑固な彼女。
部屋から出て行き、聞かずに場所が分かっている救急箱を持って来たり、氷嚢を作ったり、看病の基本確認なのか、誰かに電話をして聞いている。
変な例えなのかもしれないけど、病気のプロな俺に聞けば良いのに、電話の相手から、良い情報を手に入れたのか、見えもしないのに、ペコリと最敬礼をしていた。

____ったく。

此処まで真剣にされると、付き合わなければ、男としてどうなんだ…と考えが行き着いて、軽く布団を引き上げた。
不思議なのは、一時間経過してもいない前に、同じ場所で寝ていたのに、
『春歌がいる』
それだけで、まるでホテルのスイートルームにいる様な錯覚に陥る。

「変だよな」

ポツリと、零した言葉を聞き取ったのか、春歌は俺に駆け寄って額に手を当て調子を聞いてきた。

「あの…翔君。大丈夫ですか?」
「微熱だし。大丈夫だって」
「ごめんなさい。私の我が儘だって分かっているのですが…」
「良いって…その代わり」
「きゃっ」

ずっとおとなしく言う事を聞いていて、春歌がどれだけ俺を心配して、思ってくれているのかも分かった。
それに…あの時
『俺が駄目になる』
体の調子で痛みを感じていた俺より、春歌は苦しんでいたと再確認させられて…。
少しでも、軽くしてやりたい。
忘れさせる事は出来ない、過去あった事は事実。
変えてしまえば、二人で乗り切ったモノまで無くなる。
それなら…。


春歌の腕を引いて、布団の中に引きずり込んだ。

「翔君っ」
「お前が一緒に寝てくれれば、おとなしく寝る」
「本当に?」
「本当」

多分。
少し新しい仕事が増えた為に、疲れが溜まって疲れになっているだけだから、風邪では無いと分かってはいても、遠慮して額にキスをする。
ベッドに、両手を胸の所で組んで、瞳に俺を映す春歌は、天使にしか見えない。
少し、デートの為に普段よりお洒落にしている服。
ほんのり化粧をしていても、地の可愛さが、溢れている。
『翔君?』
見つめているだけの俺が、次に何をするのかと、首を傾げるけれど、その瞳に怯えはない。
自分が得意にしている作曲でも、常に不安があるのか、瞳が揺れる事が多いのに。
『俺が誰よりも近くにいる』
ただそれだけなのに、こんなにも落ち着くなんて。

_____可愛い。
愛しい。
大切。

多くの愛で作られた言葉が溢れ出す。


チュッ。

額にキス。

チュッ。

頬にキス。

順番なんて、考えてられない。
抱き締めて寝る事もあって、朝起きて、光の中で瞳を閉じている春歌は、誰もが見れる天使。
その存在を誰よりも近くで触れる事が出来る幸せは、このキスだけでは伝える事が出来ない。

唇が触れない場所が無い位に愛したいけど。
まだ、早い。
レンに聞かれたら、
『愛を伝える手段に、遅い早いはないと思うよ?
おチビちゃん』
軽く諭されるかもしれない。
でも。
この、真っ直ぐな視線。
俺からの愛や思いは、全部受け止める。
無垢に信じる春歌にぶつけるのは…まだ早い。

もう少し。
自分の世界が広がってからでも、遅くはないし…多分、一度踏み越えたら、我慢しきれない。
それ程、大切で魅力的な恋人だから。


チュッ。
チュッ。

耳にキスを落として、お返しを受け取る。

瞳に熱が籠もり、微かに涙が生まれ始めたら、腕枕をして寝かしつける。
小さな声で、天使の子守歌を歌いながら。



俺の愛が生む熱は、
たとえ、春歌が看病しても完治しない。
天使の魅力は、常に俺を翻弄するから。
誰にも。
渡せない。
最愛の天使は、俺の腕の中で眠る……。