…………何かが、おかしい。

何度目かの台詞を呟く。
今日は年に一度の生まれた事を祝う日。
そして、生まれたのは……。


「私の筈ですが…」


繰り返して言葉を呟いたとしても、事態が変化する事が無い場合ならば、違う対策を考えて前に進むのが正確。
分かっていても………。


「どうにもなりません」


何故か、気付けば早乙女さんの指示で、校庭にステージが作られ、頭上に
【一ノ瀬トキヤHAPPY Birthday】
と掲げてあるものの……。


「納涼会か隠し芸大会ですか…これは…」


重ね重ねの溜め息を零しながら見るステージでは、四ノ宮さんが、歌いつつ、不思議な技で小鳥達と一体になったダンスも披露していた。

一つ前は、聖川さんが、自分の身の丈程もある筆を、巧みに使いながら
【ダム決壊】
と書きつつ、love songを歌っていた。


_____絶対的に何がおかしい。


早乙女さんの支配する場所なのだから、多少なり人的外な事が起こっても仕方がないとはいえ…。


「…………おかしいですよね」


意識無く呟く。


「どうしたんだい?」


ポンと。
肩を叩かれて振り向けば、レンと翔の姿。
普段から明るい二人だとしても、今の微笑みはかなり上機嫌なモノで…。


「…ふぅ。貴方達もですか…」


つい嫌みに近い言葉を言ってしまう。
二人は、そんな私の気持ちに気付いているのか、素知らぬふりを決め込んでいるのか…。


「トキヤー。眉の間。大変な事になってるぞっ。
その内、悪代官役か主人公をいたぶる系の役しか来なくなりそうだな」
「あははっ。
それは的確な言葉だね。
主役の表情じゃないからね、
少しは笑ったらどう?」

………ふぅ。


最早、目の前の世界に馴染んでしまった二人との会話を続ける気にはならない。
二人は、そんな私の姿は見慣れているのか、この次の出し物は、協力して即興ダンスするらしく、立ち位置の相談を始めていた。


_____確実に、私がいなくても…。


逃げたくなる思いで、二人からそっと距離を作り、話掛けられない位になったと安堵の息を吐き出すと…。
慣れた衝撃と声が背中から聞こえてきた。


「トーキヤっ」
「……………音也…構わないで下さい」
「えーっ。良いじゃん。トキヤの誕生日なんだしっ。
構い倒すよっ」
「迷惑です」
「そんな事言わないでよっ。
誕生日の歌作ってきたんだからっ」

卒業するまでは、同部屋で多少免疫があるとはいえ…。
最近は別々の仕事で会っていなかった為に、押しの一点で責めてくる音也の出現は、微かに感じていた頭痛が完全に感じる程に変化していく。


「でもさ」
「…………何ですか?」


音也は弾ける笑顔で、私を見つめる。


____触れないで欲しい。


勿論。
今まで、その願いが叶えられた事は無く…今回も同じパターンに…。

音也は、弾けるような笑顔と共に予想のままの台詞を繰り返した。


「うわっ。
生HAYATOっ。
生HAYATOだっ」


「はぁぁぁぁっ」


音也に見えるように、わざと大きな溜め息を見せても、その繰り返しが止まる事はない。


朝部屋に大音量で早乙女さんの声が聞こえて、社長室に呼び出されてみれば…目の前に懐かしき衣装が一枚。


『これ着てちょうだーい』

その場で意識を失えたのなら、どれだけ良かったか…。

HAYATOを辞めた時に、衣装は全て破棄して一枚も残さなかった。
ただ…HAYATO一番のファンである人の悲しげな微笑みを思い出して一瞬躊躇ったものの、同時に思い出した
『一ノ瀬さんは一ノ瀬さんでいて下さい』
彼女の台詞で振り返らない事を決めた。


_____それなのに。




数時間後、
皮手をして、いつもの髪型を癖があるようにセットをした自分が、校庭にいた。

「はぁぁぁぁっ」


繰り返す溜め息。

音也に対して聞かなかった願い。
もし、一番効いて欲しい相手に効果があるのなら、構わない。
一縷の望みを心に浮かべながら、Aクラスの出し物を見つめつつ、校庭端にある木陰に移動する。


「誕生日は、一年で一番の運勢の筈と聞いていましたが厄日ですね」


皮手で瞳を覆うと、懐かしい香りが鼻につく。
自分を抑えて演じ続けたHAYATOと言う存在。
やらなくて良かった黒歴史とは今では思わない。
あの時があったからこそ、一ノ瀬トキヤとして、活動する時に役立つ事や、人生に厚みが出た。

ただ…。

自分の素とは全く異なる存在で居続ける苦痛。
更に上を目指しきれない焦り。
そして…歌が歌いたかった。


「色々。
本当に色々ありましたね」


ポツリと零した瞬間。
朝、今日と言う理解し難い出来事の開始にもなった声が校庭中に響く。



『今日の主役ーの。
登場でぇーすぅ。
レアレアなのね。
HAYATOで一曲歌ってもらいまっしょーぅ』


「もう…………自棄以外何物でもありませんね」


愚痴を零しそうな唇から、肺の中を空にする程の溜め息を吐くと、最後のHAYATOを演じる為に走り出した。


『おはやっほーっ
HAYATOだよっ。
今日は僕の為にありがとにゃっ。
一曲聞いて下さいっ』


鼻から出す甘く幼い声色。
発声練習をしなくても出す事が出来るのは、彼が私の一部で、まだ生き続けているのを感じる。
あの時。
歌う事が続けられたのなら、変わらなかったのだろうか。
慣れた歌詞を歌いながら、頭の端で考えていた。


「♪」


歌が最終に近付いた時、ステージから離れていても、瞳を潤ませて両手を組んだ彼女の姿を見付けて、ワンフレーズ素の声色に変化してしまう失敗を…


____やはり彼女は…。


分かってはいても、ライバルが自分自身なのは辛い。
今日でHAYATOを再度封印するのなら、永久に勝ち目は無くなってしまう…。

ダンスをしながら、必死に表情が崩れない様にするのが精一杯。
最後の決まりポーズをした後、心に消化出来ない思いを残したままステージを後にしようと客席に背を向けた瞬間。

ステージ下、少し背伸びをして、走ってきたのか、頬を赤くした彼女が私を呼んだ。


「一ノ瀬さん」


その一言が、嬉しかった。
幸せそうに聞いていた彼女は、今HAYATOと呼んでも良い筈なのに、本名を迷わず選んでくれたのは、まだ自分にも勝ち目があるかもしれない希望を与えてくれる気がして…堪らない。


_____そして、彼女は最高の贈り物を、私に贈ってくれた。


手渡された楽譜。
そこには先日気に入った詩が出来たと見せたモノに、一番愛する彼女の曲が加わっていた。

彼女をステージに引き上げると、脇にあったシンセサイザーを用意して、楽譜に目を通す。

数分後。
二人で視線を合わせて、曲を歌い出すと…ずっと歌っていた大切なモノ様に、すっと体と心に馴染む。
練習もリハーサルもしていない。
曲は初見。
有り得ない事が今起きていた。

頭では何も考えられない。
歌声は地声。
姿はHAYATO。
普通なら、この状態では歌えないのに、可能にしているのは…彼女の存在以外有り得ない。


この曲が終わったら、ライバルに勝てた保証は無くても、思いを伝えたい。
曲に決意を乗せて歌っていく。

そして。
最後の一音が響き終わると、
『おめでとう』
祝福な言葉と拍手が鳴り止まなかった。


_____もしかしたら
今年が一番幸せな誕生日かもしれない。
心からの微笑みを振り返り、彼女…七海春歌に贈った…。