「待ち合わせ」(トキx春)



もう少し。
もう少し。

久し振りに外でのデート。
とても楽しみにしていたのに…。
少し長めのスカートが走り難かったり、
出掛ける時にお友達一人ずつ。
何故か呼び止められてしまって、
走る選択しか残らなくなってしまった。
時間を大切にする人なのに…。


本当は今日。
仕事が忙しいと聞いていたから、
絶対に一緒にご飯も無理だと思っていたのに、
嬉しいメールが夕方に届いた。

『早く終わりそうです。
駅前では目立つかもしれません。
この前見付けた、珍しい花の形のオブジェの前で
待っています。
今向かっていますので、
30分位で着くと思います。
決して急がないで下さい。
君の足では、30分では着かないでしょうから。
急いでも無駄です。』


___君の足では、30分では着かないでしょうから。


その文章を見て。
場所と距離を思い浮かべると、
計算が得意な恋人の言う通り。
確実に50分は必要。
そうだとしても、少しでも早く会いたい気持ちで
気合を込めた動きで準備は、すばやく出来たのに…。

今。
駅から躓きそうになりながら、
走っている結果に。


「ど…しましょう」


呟いても、結果は変わらない。
そう分かっていても…。
好きな人の姿を少しでも長く見たいと、
出した足と逆の足を急く様に出す。

でも。
やっぱり…。
縺れる足は…絡まり…。


「きゃっ」


角を曲がったら待ち合わせの場所。
大きなチューリップのある広場に出る場所まで来たのに…。
心だけが先に走った状態では
良いリズムで走れる訳も無く…。
体は簡単に地面に引き寄せられた。


___ドンっ。


絶対にいつもの様に膝を擦り剥いてしまうと思っていたのに…。
体は無事で、何故か足が地面から離れている。


「打った筈です」


痛みが無かったことにホッとしていると、
少し厳しい声が降り注ぐ。
その声色で、助かった理由も相手の確認もする前に
返事が唇から零れてしまう。


「『君の足では、30分では着かないでしょうから』
と、読みました」


つい、
どうしても会いたかった気持ちを込めて話すと…
唇を大きな手で塞がれてしまった。
小さな溜息と一緒に。


「いいえ。その部分ではありません」
「え?」


驚いた拍子に、
衝撃に耐える為に閉じていた瞳を開けると…。
目の前に優しい顔。
そして…自分が今。お姫様抱っこしてくれている状態が視界に入って…。


「あっ」
「仕方が無い人ですね。
『決して急がないで下さい』の部分が重要です」
「え?」
「君は、急ぐとこうなりますからね」
「あ…すみません」
「怪我が無くて良かった」
「はい。優しい腕が守ってくれましたから」
「この綺麗な肌に傷なんて。
いけません」
「…はい」
「さあ。行きましょうか」
「あのっ。降ろして下さいっ」
「そうですね。
待ち合わせ場所までこのままで行きましょう。
そこからスタートですから」
「ありがとうございます」


恥ずかしさと、
嬉しさ。
ばれてしまったら…。と、
頭がパンクしてしまいそうになる私の額にキスをしながら、
微笑む姿は美しくて…腕の中で力が抜けて行く。


「歩けなくなりそうです」
「君は、か弱いプリンセスですから」
「ひぇっ」
「少し。ゆっくりと歩きましょう。
そう…ですね。
食事を先にしましょう」
「ありがとうございます」


どうして、
こんなに素敵な人が私の恋人なのかな。
そう思ってしまう。
でも、
今この腕の温かさは…夢じゃない…。


「好き。です」
「切らずに言えますか?」
「え?あっ。はい。好きです」
「可愛い唇の動きですね」
「え?」
「好きです」
「ありがとうございますっ」


仕事の後。
休む時間にしないで、私との時間にしてくれた優しさ。
ずっと好きだと言ってくれる思い。
心の中に刻みたい。
いつか。
沢山その「温もり」が彼を輝かせる曲になるまで。
抱きしめ続けたい…。

思いを込めて。
あと少しの距離。
瞳を閉じて歩みのリズムに身を任せた…。