学芸員の小部屋
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9/23,24 全国山城サミットin安来 月山富田城 HP
  • 15Nov
  • 14Nov
    • 『文化遺産の世界 コラム集』が手元に届いた。これはウェブサイトでのリレー企画「小さな展示館...

      View this post on Instagram 『文化遺産の世界 コラム集』が手元に届いた。これはウェブサイトでのリレー企画「小さな展示館」のコラムを書籍化したもので、巻末には各地で活躍する担当者が集まっての座談会の様子が収録されている。 このような企画に参加させて頂き、素直に嬉しい。が、今思うと顔から火が出るような思いも。国内で第一線のトップランナーの方々と自分が同列に扱われるのは、やっぱりおかしい。まあ、本を読んだ皆さんに「この程度の自治体もあるのだな」と優越感に浸ってもらうのが役目かも。 というわけで、何冊か手元にありますので、ご希望の方はメッセージを。 Daisuke Noharaさん(@nhrdsk)がシェアした投稿 - 2018年Nov月14日am12時58分PST

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    • 国道359号砺波東バイパスの橋の名称が「伊加流伎大橋」に決まった、と先日の北日本新聞で報じ...

      View this post on Instagram 国道359号砺波東バイパスの橋の名称が「伊加流伎大橋」に決まった、と先日の北日本新聞で報じられた。 これは実は凄い事だ。 平安時代に途絶えた荘園の名称が平成の世に復活したのだ。以前にも別の橋で同じように古代荘園の名が付けられる予定だったがその時は流れた。 今回、名称が最終決定される直前に意見を聞かれたが、無事に決定されて胸をなでおろした。個人的には「いかるぎの大橋」の方が誰もが読めるし親しみやすいと思うのだが、今となってはどうでもいい。 何よりも名称が地元からの意見を尊重して決められた事に意味があると思っている。 Daisuke Noharaさん(@nhrdsk)がシェアした投稿 - 2018年Nov月14日am12時41分PST

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  • 10Nov
    • 近江への城攻め 〜安土・観音寺・八幡山〜

      曲輪の会の年内最後の城攻めで滋賀県へ。昨日はクチーナ・ノブで揚げたピザやゴルゴンゾーラのペンネに舌鼓を打ち、砺波に戻ってカラオケスナックでヤザワの曲を聞き、良い気分で床についたが無事に起床できてよかった。砺波は今にも雨が降り出しそうだったが、滋賀に入ると快晴。今日のメンバーは7名。まずは安土城へ。数年前に来た頃と違い、大勢のお客さんが来ていた。大手口には土産物屋があり、登山口には入場料を支払う小屋が設置されていた。直線に伸びる大手道を仰ぎ見て、CG復元画像を見ながら伝羽柴秀吉邸を巡る。伝前田利長邸は工事のため入れず。斎藤道三や信長の右筆だった武井夕庵の屋敷跡は城内でも手付かずの場所で良い雰囲気。高石垣がよく残る。伝徳川家康邸は現在の總持寺があるので入れず。大手道は簡易舗装が施工され、所々荒れていて、少し残念だった。黒金門はいつ見ても壮大で立派。しかし本丸南虎口は平虎口で、黒金門と搦手門が枡形なのはどう理解すれば良いのだろう。結局、黒金門以外は進入禁止で確認することが出来ず。二の丸から本丸周辺は最低限の山林整備しかしていないので、もったいない。大手口付近は森林作業者が何人もいて樹木整理をしていたので、いずれ主郭周辺も手を入れるのかな。とりあえず天主台に登り、礎石跡を確認し、眺望を楽しみ、穴蔵を囲む復元石塁の上を歩いた。帰りは本丸南虎口から戻る予定だったが立入禁止だったので、そのままUターンし、總持寺跡の三重塔と仁王門を通った。三重塔は修理工事中で覆屋が掛けられていた。百々橋から大手口に向かう予定だったが、山道が通行止めだったので、百々橋手前で左に折れて山道を歩いて正面に出た。改めて安土城はスケール感が大きく、近世城郭の先駆け的要素に溢れているように思った。観光客が目に見えて増加していて驚いたが、簡易舗装などの整備は一考の余地があるように感じた。ホスピタリティを確保しつつも史跡に負荷を与えない整備を望みたい。まずは主郭周辺の山林整備をお願いしたい。これだけのネームバリューと歴史的価値を備えた城は、やはり全ての面においてトップランナーであって欲しい。下山した頃、ちょうど正午になったので安土城考古博物館でランチを。幸いレストランが空いていて近江牛の肉うどんを美味しく頂いた。展示室で信長が築造した箱船の模型があったので、手元の『信長公記』で元亀四年の項に大型船築造の記事を確認した。【以下抜粋】「将軍は憤懣を静めたわけではない。いつか必ず信長に敵対し、きっと琵琶湖を防衛線として対抗するだろう。その時に備えて大船を建造し、軍勢五千でも三千でも一度に押し渡れるようにしておこう、と信長は考えた。 五月二十二日、信長は佐和山に陣を据えた。多賀・山田の山中から木材を伐り出し、佐和山の麓の松原へ勢利川沿いに引き下ろさせた。国中の鍛冶屋・大工・製材業者を召集し、大工岡部又右衛門を棟梁に任命して、「船の長さ三十間、横幅七間、艪を百挺つけ、艫と舳に櫓を立て、堅牢に造れ」と命じた。」抜粋ここまで次に観音寺城へ。すれ違いが難しい林道を進み、入山料を払って観音正寺に向かう。ご開帳の時期らしく、多くの車が下りてくる。ほとんどが寺の参拝者で、城を目的とした人は少なそうだ。車を下りて、まずは布施淡海丸に。増山城の池ノ平等屋敷に似たこの曲輪は、中心部から離れた場所にあり、石塁や土塁で周囲を囲み虎口3つを設ける。山に入ると、たくさんの親子連れが何かの行事で来ていて賑やかだった。何かの作業をしているので、見てみると仰天した。地面を掘って苗木を植樹しているのだ。かなりガッツリと掘っていて、曲輪の平坦面や土塁・石塁の上、石垣の裾などとにかくかなりの数が植樹されていた。国の史跡のはずだが、大丈夫なのだろうか...。大石段から本丸にたどり着くと、平坦面に無数の風倒木があり見るも無残な状態だった。広大な城域でもあるので、なかなか管理が大変なのだろう。ついでに根の裏を覗くと、やはり表土が浅そうに見えた。さっきの植樹は遺構へのダメージになる可能性がありそうだ。本丸→平井丸→池田丸→大石垣まで行ってUターン。観音寺城の撮影スポットである平井丸の平虎口あたりの石垣が荒れているように思って見ていたら、通りすがりの人が「先日の台風で崩れたんですよ」と教えてくださった。主郭周辺の側道(大手道?)を三叉路まで戻り、山手の階段を直登した。この坂がかなりキツく、メンバーの息は上がり、大汗をかいた。沢田丸まで登って一息ついて、観音寺城名物の大土塁を歩いた。三国岩の大きさに驚きつつ、馬淵丸→三井丸→伊庭丸→馬場丸→大見付の順で巡った。歩いていると巨石が目に入る。山中の至る所に巨岩が露出している環境が、観音寺城を総石垣の城にさせたのだと直感的に思った。岩石の露頭に矢穴があったりして石切りの息遣いが今も残っているようでゾクゾクした。観音寺城攻めでかなり体力を消耗した感じだったのと時間的制約で、最後の八幡山城はどうしようか迷ったが折角ここまで来たのだしという事で行くことに。観光客で溢れる近江八幡の街中を抜け、ロープウェイ乗り場へ。駐車場はどこも満杯で、停めるだけで四苦八苦した。ロープウェイは15分間隔で運行、降り場まで4分。お客さんの大半が恋愛祈願の女の子たちで残りは観光客といった具合。豊臣秀次の八幡山城を楽しみにしていたが、ロープウェイ降り場や展望所などで城郭の遺構は盛大に破壊されていた。時代の流れで仕方ない部分もあると思うが、せめて八幡山城の説明や秀次の歴史などはもう少し説明板などがあっても良いのではと思う。そういうニーズも少なからずあると思うし。サクッと城内をまわり、ロープウェイで下山。本日の城攻めはここで終了。滋賀を代表する安土城・観音寺城・八幡山城をじっくりと堪能することが出来た。足の悪い人もいたが、結構しっかりと巡れたように思う。歴史的にも著名な城を巡れて感慨ひとしおだが、帰りの車中では「確かに有名な城ではあるけど、総合的に見たら増山城も結構良い勝負できるんじゃない?」との声もあり、はからずも我が所の城の再評価に繋がり、少し自信を深めつつ帰路に着いたのだった。さあ、明日(明後日)は盛大な筋肉痛だぞー。

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  • 18Oct
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      ノハラダイスケ@nhrdsk曲輪の会 佐伯哲也軍師と語らう場を設けた。増山城の石垣は“巨石列”、構築時期は織豊期ではなく上杉・神保期、と氏は提唱する。類例を近江の三雲城・小堤城山城、北陸の松倉・七尾・一乗谷に求めた。石垣の佐々構築説を全面的に否定、縄張に織豊… https://t.co/6gyz73NyBW2018年10月17日 20:37ノハラダイスケ@nhrdsk本当に美しい所だったな、舳倉島。 https://t.co/Byqe0J2PrE2018年10月16日 20:29ノハラダイスケ@nhrdsk昨日代休の息子が本屋にコロコロを買いに行ったら、店員さんに「学習発表会大変だったね~」と労われたそうで、家に帰って「ボクの苦労をわかってくれるのは五島書店さんだけや」とぼやくのが可笑しくて。笑いをこらえながら家族皆でフォローした。2018年10月16日 20:28ノハラダイスケ@nhrdskアメブロを更新しました。 『東京より遠い能登半島の離島に行ってきた。』 #舳倉島 #石川県https://t.co/ZuOHAuVcyV2018年10月15日 21:01ノハラダイスケ@nhrdsk学習発表会 PTAバザーの配膳係終了。11〜13時が地獄絵図。慣れない仕事でほとほと疲れた。無事終わってホッとした。 https://t.co/ibKFXBtuZH2018年10月14日 17:39ノハラダイスケ@nhrdsk【悲報】「続日本100名城めぐりの旅」を購入して喜び勇んでページをめくったら、増山城は縄張りも歴史も触れられずカモシカだけだった件😢 まだまだPRが足りないってことだな。 https://t.co/9qKG9hiCGl2018年10月10日 17:27ノハラダイスケ@nhrdsk休日寛いでいると、昨日増山城を案内した内のお一人が訪ねて来られた。城に感動、それを伝えに来たという。もっと周辺案内を良くしガイドを育成し観光資源にすれば良いと提言をもらう。NHKプロジェクトXの録画を見て私に言いたい衝動に駆られたのだと。熱い思いを持つ人だった。2018年10月07日 15:34ノハラダイスケ@nhrdsk未明から台風25号の強風。朝起きると曇天。不安に思っていたら7時過ぎに「運動会を開催します」と連絡が。程なく雨が降ってきて8時半に「運動会を中止します」とアナウンス。弁当の担当者は災難だったろうな。ギリギリまで待たず昨日の時点で中… https://t.co/3fd6qooq9d2018年10月07日 13:05ノハラダイスケ@nhrdsk鷹栖焼馬(やけんま)の獅子頭をみてきたが、噂通り大きかった!(隣の人と大きさを比べてみてください)焼馬の獅子は、その大きさから「五斗獅子」と呼ばれる。少し持ってみた感じ、さすがに五斗(75kg)はなさそうだったが、砺波獅子最大… https://t.co/41Wb40K53K2018年10月06日 19:45ノハラダイスケ@nhrdsk増山城のアテンドを2時間。10名程の団体で詳しい方が数名おられた。城内ですれ違う方に何処からお越しか聞くと県外の方ばかり。下山後、蔵番そばで皆で昼食。ざる大盛+天ぷらで満腹。今日は忙しそうで店主心付のスイーツは出て来なかった。 https://t.co/D92Imuxm3s2018年10月06日 14:57

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  • 17Oct
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      ノハラダイスケ@nhrdsk埋文センター勤務の日。続日本100名城のスタンプを押しに千葉/埼玉/三重/福岡等からお越し下さる。秋は城巡りに適した季節だ。2018年10月05日 19:45ノハラダイスケ@nhrdsk増山城戦国ポロシャツ。今でもジワジワと売れている隠れたヒット商品。書は春風亭昇太師匠。 #増山城 #続日本100名城 https://t.co/wiD9rpGxCu2018年10月05日 16:11ノハラダイスケ@nhrdsk揚げたてサクサクのカツに出汁と卵が絶妙に絡む。不二家食堂のカツ丼はコスパ最強。ボリュームあって650円。サラリーマンの味方。 https://t.co/9mXUCdrKTo2018年10月04日 22:44ノハラダイスケ@nhrdskどんなアプリになるのか楽しみ。アプリ製作を通して増山城の新たな一面が垣間見れそうで期待は膨らむばかり。ともあれ全力で協調体制を組んで仕上げたい! https://t.co/FhBHMXRMnR2018年10月04日 22:27ノハラダイスケ@nhrdsk300Wキープは夢のまた夢... https://t.co/QE9Regwxcn2018年10月04日 21:08ノハラダイスケ@nhrdskホームページに窓口営業が18時迄とあったので仕事終わりに駆け込むと「時間外です!」と断られた。食い下がると「ほら!表に17:30迄と貼ってあるでしょ」とヨレヨレの紙を指差して説明された。そのユーザーファーストではない姿勢に膝から崩れ落ちそうになったという話。2018年10月04日 18:07ノハラダイスケ@nhrdsk心のライバルから特別展のチラシが届いた。ひとりで企画から展示まで手がけたのだろうな。機会があればその頑張りを見に行きたい。兵庫県のみなさん、ぜひ上郡町郷土資料館へ!! https://t.co/uQEymYm8D32018年10月04日 17:54ノハラダイスケ@nhrdsk企画展「明治の富山~礎を築いた人びと」の開会式に出席。戊辰戦争の一つ、北越戦争に新政府軍として出征した富山藩士森田三郎の書簡が目にとまる。長岡城を落とし、褒美に酒肴が送られた。2ヶ月の戦闘の末、無念にも28歳の若さで戦死した。 https://t.co/R2Hv25vvJ92018年10月04日 16:32ノハラダイスケ@nhrdskサクランボの漬物、初めて食べた。甘いんだかショッパイんだか分からん味。 https://t.co/E2EaQXv3iN2018年10月03日 22:17ノハラダイスケ@nhrdsk初めてほうとう食べた。かなりうまい。 https://t.co/qT1M1RGwmQ2018年10月03日 22:16

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  • 16Oct
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      ノハラダイスケ@nhrdsk自転車。最近祭りや出張で練習がまちまちだったが、少し走力が戻ってきた。感覚ではなく数字で管理した方がモチベーション維持に繋がる気が。この冬、遅まきながらパワーメーターを導入しようかと悩み中。2018年10月03日 21:50ノハラダイスケ@nhrdsk厳照寺の門杉も良い雰囲気。本堂の前に巨木が二本立っているのだから絵になる。しかも寺の歴史よりも門杉の方が古いという不思議。 https://t.co/yaTDn36rnR2018年10月03日 21:43ノハラダイスケ@nhrdsk最高の天気。午後から遺跡の撮影を転々と。写真は芹谷大門遺跡。真ん中の農道がかつての参道、まわりの田畠が伽藍跡。つまり千光寺が現在地に移る前に此処にあった。戦国の争乱時に焼失し、江戸中期に再建されたのが今の姿。 https://t.co/I898S7osz82018年10月03日 21:40ノハラダイスケ@nhrdsk砺波市三谷の西住塚は歌人西行と弟子西住の二首を刻む。三谷は徳大寺家領般若野荘の内、西住の故郷との伝承がある。「もろともにながめながめて 夜の月 ひとりにならん事ぞかなしき」西行「道柴の露の古へかへりきて 馴れし三谷の里ぞ悲しき… https://t.co/rRVo5SRK4P2018年10月03日 15:53ノハラダイスケ@nhrdsk台風一過。風は少しあるが晴れてきた。今日はお休み。さて、外に出ようかな。2018年10月01日 09:49ノハラダイスケ@nhrdsk昨夜帰宅。群馬→埼玉→山梨の城郭を巡る旅は楽しくもあったが長距離運転で疲労もしっかり蓄積。帰ってすぐに体に鞭打ってローラーを30分。おかげで全く疲れが残ってない!疲れた時ほど自転車に乗る。これ毎回ルーティンにしよう。2018年09月30日 09:12ノハラダイスケ@nhrdsk夜会合。どうも日本人は会議が下手だ。会して議せず、議して決せず。議論の内容も枝葉末葉な事ばかり。生産性のない時間。もっと建設的でドラスティックな議論が出来ないものかと思うが、ディベートはほとんどせず、つねに受動的に授業を受けてきた日本の教育課程の結果なのかもと思う。2018年09月26日 23:06ノハラダイスケ@nhrdsk戦国祭りが終わってゆっくりしたいが、週明けから綱渡り状態。今日は朝からビッシリと事務仕事。おかげで面倒な申請が2本片付いた。仕事してるとメールがポツポツ届く。ダークな職場環境で気を病む人が多い昨今。気晴らしでどっか行かない?と返信を打った。2018年09月26日 22:02ノハラダイスケ@nhrdsk午後からKNB「でるラジ」先月の根尾選手の話は好評だったけど、今日の砺波の地名由来の話は「ラジオ向きじゃない!」とスタッフ受けは悪かった。小林アナも「イマイチだね〜」と。改めて声だけで伝える事の難しさを知った。がんばろう。 https://t.co/w0UpfUWP2r2018年09月25日 18:49ノハラダイスケ@nhrdskFMとなみが終わり、KNBに向かいちう。14:15頃、でるラジに出るのだ。2018年09月25日 13:23

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  • 15Oct
    • 東京より遠い能登半島の離島に行ってきた。

      昨日の学習発表会でのうどん/そば配膳係の疲れが残る中、戦国祭りの代休を取って念願の舳倉島行を決行した。7月の県外視察で訪れる予定だったが豪雨で流れ、NHK金とくネイチャースペシャル「日本海に浮かぶ孤島 舳倉島」(10/5放送)で背中を押された格好だ。6:15起床、6:30自宅出発。のと里山海道経由で輪島まで2時間。8:35へぐら航路に到着し、往復券を購入。8:50ニューへぐらに乗船、定刻前に出航。船は思ったより大型の船。1階がゴロ寝室、2階が座席室、3階が操縦室。平日にもかかわらず乗船客が多い。双眼鏡とキャノン砲のような望遠レンズ付カメラを携えたバードウォッチャーと釣り客が大半、あとは地質関係、日常生活その他といった具合。高齢者だけでなく若い人もチラホラ。朝からビール飲む人も。船にあった殷周伝説を読んでいたら寝落ちし、気づけば10:30に着岸。念願の舳倉島に無事に上陸できた。感慨に耽りたかったが、皆ソソクサと足早に散って行く。慣れた釣り客は荷物を大八車に積んで民宿へ。キャリアケースを転がす方も。目的地は特にない。とりあえず島を左回りにまわることに。旅行者が大抵巡るという七社を旅のノルマとしよう。舳倉島港から弁天社に向かう。橋が架かっていないので、渡れないようだ。伊勢神社とタブの木。江戸初期まで奥津比咩神社があり、島全体の総氏神であったという。移転後は伊勢信仰の中心となり、かつて8月の例大祭で神輿の御仮屋として賑わった。タブの木は市指定天然記念物。境内の左右には、特有の火成岩が積まれていた。適当に歩いていると、白く光る丘が見えた。近づくと貝殻の山とわかった。現代の貝塚だ。白く光る様は、伊達市の北黄金貝塚を思い出させる。岸壁に出た。板状の摂理がよくわかる。島全体は安山岩で成っている。要は火山の頂上が海面に顔を出している状態。事実、観音堂の付近には火口跡がある。珍しい光景に思わず足を止めてシャッターを切る。水辺を覗き込むと小さなヤドカリやすばしこい蟹や小さなフグがいた。恵比寿神社。漁業繁栄の祈願所だそうだ。人々は以前は島に定住せず、冬は輪島の海士町に住み、漁業期に島に渡った。一斉渡島の際に、島に着くと所管の宮に組の全員が集まり御神酒五升を飲んで夜を明かした。これをゴショウヅイヤ(五升通夜)という。観音堂。横に龍神池がある。島内でも指折りの神秘的な風景が広がるビューポイントだ。黄色い花が咲き、水面に鳥が泳ぎ、日常を忘れさせてくれる。かつて池の底から龍の骨が見つかった伝承がある。舳倉島灯台。まさに島のランドマーク。2005年まで人が常駐していたが今は自動化され無人。灯台のとなりに、へぐら愛らんどタワーがある。中には展示があり、自由に出入りできる。2008年から2か年かけて北國新聞社が舳倉島と七ツ島の自然環境調査を行った成果が展示されている。島では情報に触れる事が少ないので、わずかな展示でもありがたい。島の深湾洞遺跡から出土した縄文晩期〜弥生時代の石器があり興味を引いた。島唯一の診療所、野鳥観察舎を過ぎて、島の南北を走る小道を南に向かって歩くと、野鳥観察の御一行がいた。八坂神社の近くにも三脚を構えた方が数名おられた。バードウォッチャーだ。普段遭遇する機会がないのでチラチラ見ると、いくつかの特徴があった。まずほとんどの方が双眼鏡を持つ。望遠レンズ付カメラを持つ方と三脚付単眼鏡を持つ方は別れるようだ。撮り鉄のように撮る専門、見る専門があるのだろう。それと食事はおにぎりやコンビニご飯など簡単なものが多い。メシより鳥なのだろう。レイヤー的には城マニアに似ている。舳倉島は野鳥天国なのだという。300種を超える渡り鳥の中継地で、中国大陸南部や東南アジア、シベリア大陸北方系など本土で見られない種が飛来する。何気なく歩いていると、黄色いお腹をしたキビタキに出会った。シャッターを切ろうとすると瞬時にいなくなったが、希少なものに出会ったようで少し愛好家の気持ちがわかったような気がした。シラスナ遺跡の北側の海岸でランチを。シングルバーナーとケトルを持参し、お湯を沸かして簡単に調理した。トレラン用サックではこれだけで荷物が限界。ほんとはコーヒーセットを持ってきて優雅に飲みたかった。でも絶海の孤島で昼を食べるだけで非日常感は半端なく、充足感に包まれた。気づけば上陸から2時間。14:50までに乗船しないといけないので、残りは2時間半もない。まだ島は半分しか歩いてない。シラスナ遺跡。古墳時代前期から平安時代の遺跡だという。看板には説明がなかったので詳細不明。以前に石川考古学研究会が調査した遺跡があると西井龍儀氏から聞いた事があるが、この遺跡だろうか。島を南下すると奥津比咩神社に出た。となりには大和田神社がある。奥津比咩神社は、島でもっとも大きな社だ。灯籠には越中新港町の二名が記銘され、はるか遠くの社に寄進した事を偲ばせる。珠州を訪れた時に思ったが、我々が抱くよりも距離感が近いのだろう。安山岩を彫った狛犬も良い味を出していた。築島あたりをまわって、ケルンや石仏を見て歩き、漁港周辺から舳倉島分校や法蔵寺を巡見。島を一周したが出航まで1時間近くある。そこでもう一度龍神池と火口跡を見に行く事にした。龍神池を西側からカメラに収め、願いを果たしたので断崖を恐る恐る歩いて恵比寿神社の近くに戻り、どっかり腰を下ろして海を眺めた。小さな漁船が静かに海を渡る。遠くの岩で釣り人が竿を投げている。波は静かに浜に打ち付ける。島は人影が少なく、少子高齢化が進んでいるのだろう。産業は海女漁を中心とした漁業。野鳥観察者や釣り人のメッカのようだが、大挙して押し寄せるほどではない。自然は美しいが、決してきれいな島ではない。そこかしこに海から揚がったゴミがある。行政が観光に傾注する事は難しそうだ。ましてや民間企業などがリゾート開発をすれば島の良さは失われる。しかし実際に訪れてみて、この島に上陸する価値はあると思った。小さな島だが見所は多い。富山からすぐそこなのに果てしなく遠い場所に辿り着いた感じがする。個人的な思い込みだが、北陸に住む人でも舳倉島に行った事がある人は1%もいないだろう。島に渡るには賭けが必要だ。行ったは良いが波が高くて帰って来られないケースもある。サラリーマンには厳しい条件だ。7月の機会を逃してからタイミングを図っていたが、天気予報が終日晴れ、輪島沖の波の高さ0.5mの表示を見て舳倉島行き結構を昨夜決意した。結果的に無事に実行できてよかった。どこかのブログで舳倉島は何もない退屈な島だと書いてあったが、感受性と観察眼で島の評価は決まると思う。実際、一日いても飽きる事なく見て歩く事ができた。港で島唯一の自販機で買ったコーラの美味しかったこと。今度は家族を連れて来たい気もするが、子どもたちはつまらないだろうなあ、と考えていたらフェリーはもうすぐ輪島港に接岸しようとしている。『ふるさとの文化遺産 郷土資料事典』1997 人文社 舳倉島【へぐらじま】 輪島の北方約50kmの距離にある。東西2km、南北1km、周囲6kmの小島で、ほぼ楕円形に近い形をなし、全島ほとんどが輝石安山岩からなっている。全体に低い台地で、いちばん高いところで標高12m余り。南側に舳倉島港・民家・学校などがあり、中央に地上33mの白亜の灯台が、すっくりと立っている。また、北岸と西岸には、断崖が海にせまって、見事な板状節理を形成している。 島の生活は、漁業で保たれている。周辺は四季を通じて海の幸が豊富で、ワカメ・ノリ・テングサなどの海藻類に、アワビ・サザエの採取、タイ・トビウオの刺網、タイ・ブリ・カツオなどの一本釣りが行われている。昔から「能登のとと(主人)らく、加賀のかか(主婦)らく」などといわれるが、その代表的なものは舳倉島の海女であろうか。海女は夫のたぐる命綱に託して、海底深くもぐってアワビやサザエを採取する。以前は6月から10月の採取期にかけて、輪島の海士町に住む漁民たちが集団で島へ渡り、漁期が終わるとふたたび町へ戻る生活をしていた。しかし、かつて絶海の孤島といわれたこの島にも、旅館や公営の宿舎なども建てられたりして、しだいに定住する人たちも多くなってきている。 島内には、神社が6ヶ所に祀られてある。なかでも奥津比咩神社は式内の古社で、漁業の神として今に漁民たちの信仰に支えられており、社宝の千石積渡海船模型と千石積渡海船板図は、市の文化財に指定されている。 なお、輪島と舳倉島のほぼ中間に七ツ島が浮かんでいる。東西5km余、南北5km余の範囲にわたって点在する無人島で、島にはそれぞれ大島・狩又島(かりまたじま)・竜島(たつじま)・赤島・荒三子島(あらみこじま)・御厨島(みくりやじま)・烏帽子島の名があり、舳倉島とともに能登半島国定公園の一画をなしている。

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  • 29Sep
    • 秋の県外遠征 〜2日目、埼玉の山城を攻めるの巻〜

      2日目は埼玉県深谷市からスタート。まずは北条氏邦の拠点、鉢形城へ。8時から歩き始めたのでガイドは頼まず自分が先導役を。写真は西側の外堀。土塁から住宅地までが堀幅。鉄砲戦を意識した作りになっている。深沢川を内堀として利用。西の外堀から深沢川を渡って、伝御殿下曲輪から本曲輪へ。本曲輪は他に比べてあまり整備されていないが、荒川の断崖に立つ立地とその広大さに目を見張った。本曲輪から馬出に移動。二の曲輪と三の曲輪間にある馬出は橋や手すりが整備されているが、数年前に来た時と比べて木製部分の劣化が進んでいた。数年の内に手すりは崩れるだろう。ここで復元整備の難しさを感じた。伝秩父曲輪の復元建物で記念撮影を。今回は鉢形城を初めて訪れる人がほとんどで、城域の広さに驚嘆していた。途方も無い城に来てしまった、北陸の城郭とはスケールが違うとの声も。写真は大手の空堀。三の曲輪から大手を通り、泉水坂から鉢形城歴史館へ。9:00開館と思っていたら9:30だとわかり、歴史館前の休憩施設で少し休んで入館。模型を見て縄張りをおさらいし、スタンプも無事にゲット。30分ほど移動して、埼玉県立嵐山史跡の博物館へ。まずは展示を見て情報を収集。展示内容はアップデートされているようだが、施設全体は開館以来更新されてないような雰囲気。展示を見学後、11時過ぎから菅谷館跡を見学。館跡と表記されると勘違いしそうになるが、立派な城郭。三ノ郭からニノ郭をまわり、畠山重忠のコンクリ像と記念撮影をして、南郭から本郭に入った。遺構の残りは申し分ないが、わりと草木が繁茂していて地形が見辛い場所もあった。後で行った杉山城のように地元中学校などと連携して保全できないものだろうかと思った。手入れがなされれば、見応えがさらに増すだろう。博物館前のラーメン屋で昼食後、待ち合わせまで少し時間があったのでスタンプを押しに嵐山町役場へ。ここでミラクルが起こった。ワイワイと押していると警察官の方が「続日本100名城巡りですか?」と声をかけてきた。返事をすると次々に山城情報を教えてくれた。只者ではない!と思いつつ、高見城が良い、義仲生誕の地、どこどこで発掘調査をしていた等々いろんな話が聞けた。すると、教育長さんが出てこられ、義仲のパンフをいただいた。たまたまの巡り合わせに一同興奮し、杉山城への期待が膨らむのだった。杉山城は町教委のOKDさんが案内してくださった。コスモスが咲いて良い日和。登山口で歴史の概略を聞いたが、北条氏は馴染みがないし、地理観もないので理解するのはなかなか難しい。でもそんな我々にわかりやすく説明いただいた。杉山城の遺構残存度は素晴らしい。すでに整備を終えたかのような感がある。城は決して大きくはないが、山城の築城技術のエッセンスが詰め込まれていて見所が多い。惚れ惚れするような山城である。通常の場合、案内は1時間半ほどと仰っていたが半日程かけてじっくり観察したいと思った。おまわりさんオススメの井戸跡もしっかりと確認した。廃城時に石で塞がれ、今も水が滲み出ている。木製遺物などが保存されている可能性があるという。ザッと2時間ほど見て回った。杉山城は築城年代を巡っての論争で有名。いわゆる杉山城問題というやつだ。町教委としては堀幅などから鉄砲普及前の時代、つまり山内上杉氏時代の築城と見る。かつての杉山城は鬱蒼とした森だったそうで、ここ30年ほど地元中学校と協働で保全活動を行ってきて現在のような素晴らしい姿になったという。山城は何と言っても草刈りと樹木の伐採に尽きる。杉山城の保全活動を体系化して杉山城モデルを提唱すれば、全国の山城に応用できるのではないかと思った。ただし、樹木を切りすぎると切岸が崩れることも説明されていた。杉山城でお腹いっぱいになったが、もう1つくらい攻めとく?ってことで川越城へ。忍城にも行きたかったが、移動時間を考えてパス。川越城は本丸御殿があいにく休館で、スタンプは市役所5階の観光担当課窓口に。市役所から本丸御殿まで歩き、博物館に入ろうとしたが入館時間制限で入れなかった。2日目の城攻めも無事に終了。

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  • 27Sep
    • 秋の県外遠征 〜1日目、群馬の3城を攻めるの巻〜

      春の東海・関東遠征に続き、秋の遠征へ。西日本方面を予定していたが集中豪雨の影響で、関東・甲信越方面へとルートを変更した。小雨がパラつく中、7:30に砺波を出立して群馬に入り嬬恋で濃霧を抜けて昼食は村上家釜めし。お目当の釜飯は時間が掛かるので泣く泣く断念し、カツ丼と蕎麦を食べたが大正解。味は庶民的ながらカツから肉汁が溢れる高品質。昼食後、村上家釜めしから3分の所に山城がある事を知り、デザート感覚で羽根尾城へ。いかにも山岳ゲリラ戦向きのコンパクトな城だが、堀切はしっかりと尾根を断ち切り、主郭にはしっかり土塁が巡らされていた。ほぼ手付かずで保存状態は極めて良好。おかげで幸先の良いムードに。13:30、岩櫃城に到着。東吾妻町教委のYSDさんが出迎えてくださった。NHK大河ドラマ真田丸の余韻がそこかしこに。まずラッピングされた自販機で軽いジャブを喰らう。おもてなしの雰囲気が滲み出ている。登山口の観光案内所で続日本100名城のスタンプを押印。缶バッジなどのガチャガチャも充実。観光案内所にはパンフレット類も充実するが、模型が必見。ジオラマ風のものと赤色立体地図のものがあり、比較すると地形が把握できる。登る前、登った後にもオススメだ。雑誌などには観光案内所から本丸まで15分などと書いてあるので、コンパクトな城かと思ったが200haを越える巨城であることを知った。七尾城に匹敵する城域を誇る。まだ町史跡なのが信じられないが、遠くない将来国史跡になるだろう。面積が大きいので指定手続きが大変だと思うが。特筆すべきは堀の構築方法。環状に巡る堀と斜面を放射状に伸びる堀、そしてクランクを多用。まるでクモの巣のように堀がつくられている。これは真田や武田の築城方法なのだという。群馬より長野に類例が多いそうだ。北陸ではあまり見かけない堀の配置に、少なからずカルチャーショックを覚えた。感動したのは、遺構の保存状態の良さ。思わず「整備したのですよね?」と確認してしまうほど残りが良い。写真の堀や切岸は全く手つかずの状態。木の伐採と草刈りを行っただけ。土作りの城は崩落との戦いだと思い込んでいたが、岩櫃城には当てはまらないようだ。本丸には櫓台といわれる高まりがある。まるで天守台のような規模で、細長いので多聞櫓のような建物があったのかも。それと本丸が広大。通常、山城はピラミッドのように階段状に曲輪が配される傾向があるので、主郭より下位の曲輪が広くなる場合が多いが、岩櫃城の場合、本丸がもっとも大きい。長軸で150m、短軸で20-30mはあるという。搦め手方向から下り、階段状に屋敷地が配される水曲輪を見て、駐車場に戻った。担当のYSDさんは増山城に2回もお越しになった事があるという。これには一同驚いた。いつか是非増山城を案内させて欲しいし、岩櫃城にはもう一度来る必要がある。本日3つ目の城は、高崎市の箕輪城。以前から市教委のTNDさんからアプローチがあったので、今回視察先に選ばせてもらった。自分の中では、縄張り図を見ているだけで、城をどう理解すればいいのか苦慮するような城で、どうしても攻めておきたかった。夕刻、搦め手の駐車場には市教委のAKMTさんが待っておられ、案内して頂いた。合併前から城の担当であり、ライフワーク的に城に関わっているという。年齢も私と同じ。妙に親近感を覚えるとともに同志のような気がしてならなかった。東吾妻町のYSDさんはAKMTさんを兄貴分的存在といい、自分と同年代の担当者がそれぞれオラが城と悪戦苦闘しているのだと思うと心強くも感じた。箕輪城といえば、郭馬出(かくうまだし)の西虎口門だ。平成28年に復元整備が行われ、今や城の顔になっている。発掘調査の成果から門の設計を行い、文化庁の審議を経て復元工事が行われた。工事発注後も礎石と柱を合わせるのに苦労したことや、門の形状をどのように推定したかを事細かに説明下さり、地中の痕跡だけで建物を蘇らせる醍醐味に触れる事ができた。この部分のお話はもっと詳しく聞きたかった。堀底にTKKWさんが立っている。この写真を見れば、どれだけの規模の堀かわかる。北陸では決してお目にかかれない土作りの堀の大きさ。しかもかつての堀底はさらに10m深くにある。どれだけの労働力を投下すれば、これだけの堀が構築できるのだろう。堀の雰囲気は、同じ北条氏の滝山城に近いものを感じた。三の丸の石垣。かつての大手道はここを通っていた。御前曲輪の西虎口門跡。発掘調査により明瞭に遺構が確認された。門の雨落ち溝には、156個もの石塔の部材が転用されていた。郭馬出の次はこの曲輪の門を復元整備するという。加えて御前曲輪から通仲曲輪に木橋が復元されるそうで、完成した姿はさぞや壮観な事だろう。その暁には再訪したい。本丸を囲む横堀。巨大という言葉以外に思いつかない。土作りの城でここまでの土木工事を行うものなのか。諏訪原城でも同じ思いがしたが、箕輪城で再認識させられた格好だ。ただし、切岸の草刈りは容易ではない。搦手馬出→木俣→郭馬出→二の丸→三の丸→堀底→御前曲輪→本丸→二の丸→搦手曲輪と歩き、駐車場に無事にたどり着いた。野面積の石垣が残る虎韜門(ことうもん)や他にも行けなかった曲輪も多い。次の機会に隈なく散策したい。箕輪城では、わざわざ文化財保護課のTND課長さんにもお越し頂いた。ありがたい事だ。課長さんは、なんと先日の戦国祭りにもお越し下さった。テントでお声かけ頂いた時にはビックリ仰天。その行動力には脱帽である。箕輪城の後、箕郷公民館で日本100名城のスタンプを押印。近くにある指定文化財の伝統的家屋も見せてもらった。ここでどっぷり日が暮れた。時間は17:30、遅い時間までお付き合い頂いた市教委の皆さんには感謝感謝である。1日目から充実した城攻めができた。誰かが「こんなに良い経験をさせてもらっていいものか」と呟いた。いやあ、まだまだこんなもんじゃありませんよと笑いつつ、英気を養うため、しゃぶしゃぶを突きながら夕食を楽しんだ。心地よい疲労を感じつつ、初日が終了しようとしている。

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  • 23Sep
    • 第10回増山城戦国祭り、天気のおかげで盛況だった!!

      今年の祭り開催は奇跡に近い。昨日まではずっと雨、そして明日からまた雨模様という雨がちな日が続く中、今日だけは晴天という幸運のおかげで祭りは盛況裏に終わった。この祭り、今まで一度も雨天中止がない。誰か強烈な晴れ男がいるに違いない。曲輪の会メンバーは準備万端。城攻めウォークのガイド役。城の本質を感じていただく、これが祭りのメイン。曲輪の会は弓矢体験も担当。ANDさんが大車輪の活躍で、昼食を一切摂らずに頑張ってくれた!9:45のウォーク開始時、冠木門の周りは人でごった返し、収拾がつかなくなりそうに。まさにワヤワヤの状態。写真は混乱直後の様子。参加者は去年より2割ほど少なかったかな。19HITOYASUMIさんに今年も出店してもらった。去年の反省から回転を重視したそうで、長い行列はできず、コンスタントにお客さんを捌いておられた。おい、写真撮ってくれよ!と甲冑隊が言うのでプリンセスとパチリ。やはり祭りはスタッフも楽しまないと。毎年ストロー細工コーナーは人気。フラフラっと覗きに行ったら、これやるよ!と白エビとカブトムシをもらった。それをTKN君家族にあげたら喜んでくれた。バルーンも超人気。つねに長蛇の列。風船でできた武者像があってビックリ。お昼を過ぎても弓矢は盛況。勾玉作りや火起こし体験のコーナーも引っ切り無し。農産物販売コーナーも賑わっていた。今年は味噌や佃煮が充実。多くの方が買い求めていた。武者行列後の陣立式。やはりHSSさんの口上は良い。高音の伸びがあるし、口上に続日本100名城を盛り込んでくれた。今年の陣立式は、TCD実行委員長の勝鬨で締めてもらった。エイエイオー!が勇ましかった。みんな良い顔。お昼になると多くの方が詰めかけた。今年の改善点は少なかった。まずは音響設備の増強。これは本当に評判が良かった。BGMも良く聞こえるし、マイクでの声もよく通った。そして交通誘導に職員を1名配置した。去年まで市職員の動員は2名。今年は贅沢にも3名だ。でも極力ゼロにしたいと思うのは変わらない。以前に比べて動員を減らした結果、職員の皆さんが家族連れで来てくれるようになった。これは嬉しい誤算。今年は例年に比べて家族連れが多かった。小学生のお子さんと親御さんというパターンが多いように見えた。そのおかげか、去年を上回る過去最高の人出になった。それもこれもスタッフの皆さんの協力のおかげだが、何よりも天気が良かったことが大きな要因だ。ともあれ今年も盛況裏に終わって良かった。打ち上げでも皆んな笑顔。この空間に身を置かせてもらっている事が何よりの幸せだと思う。毎年このような祭りを開催できる栴檀野は凄い!!増山地区は凄い!!

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  • 22Sep
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      ノハラダイスケ@nhrdsk 朝っぱらから某特別天然記念物が砺波市柳瀬に出没。戦国祭りの準備に向かう途中急行し、パトカー3台と周辺を探索するも見つけられず1時間程で一旦解散。祭りの設営が終わった正午過ぎ再び出没の直電があり、現場に行くも庄川の堤防を越えて行方不明に。終日振り回されっぱなし。2018年09月22日 19:51ノハラダイスケ@nhrdsk 栴檀野の皆さんが戦国祭りのために朝から手際良く設営を。雨も上がり、準備は整った。明日の増山城は賑やかになることだろう。 #増山城 #増山城戦国祭り #続日本100名城 https://t.co/V8UUwtnF4N2018年09月22日 15:40ノハラダイスケ@nhrdsk で、後輩二人とジントニックを飲む金曜日。 https://t.co/SpOXBjmIDN2018年09月22日 00:00ノハラダイスケ@nhrdsk バザーの件。配膳係を無くしてセルフサービスにする。そもそもPTAで飲食コーナーやらずに業者を入れて出店料を取る。そうすればフードのクオリティは上がるし、我が子の発表を観覧できる。とは、とても言い出せなかったなあ(笑)2018年09月21日 21:16ノハラダイスケ@nhrdsk 夜、同僚の結婚祝い飲み会を泣く泣くキャンセルしてPTAの全体会。学習発表会のバザーでレストランの配膳係を命じられた。なので当日、我が子の発表が十分に観覧出来ないそうだ。みんなのためのバザーは、スタッフの犠牲の上に成り立っている事を知った。2018年09月21日 21:11ノハラダイスケ@nhrdsk 朝からテンテコ舞い。甲冑乗せた車で庄東小に向かい戦国給食の着付け5領&昼食。子供達と苗字で地名当てゲームで盛り上がる。午後は祭の荷物の積込して、看板取りに行って、劇重い音響機器を借りて。気づけば夕暮れ。でもまだ今日は終わらない‥2018年09月21日 21:07ノハラダイスケ@nhrdsk 本日は増山城戦国給食の日! https://t.co/uKXUEaXrpM2018年09月21日 17:24ノハラダイスケ@nhrdsk 旧家で拝見させて頂いた虚空蔵菩薩像。室町時代頃の作という。筆致が繊細。 https://t.co/J2M7zHveX52018年09月20日 20:28ノハラダイスケ@nhrdsk 午前、大山の上滝に行ってきた。毎年のように猿を見るが、今日はいなかった。のどかな田園風景が広がる良いところだ。時間がゆったりと流れている。2018年09月20日 12:50ノハラダイスケ@nhrdsk 今年も増山城戦国祭りを開催します! 9月23日(日)9:30~14:00、増山城の麓でお待ちしています。 https://t.co/3ci8l0wAv6 #増山城 #続日本100名城 #城郭 #城 https://t.co/hRjoNTFcHa2018年09月20日 07:49ノハラダイスケ@nhrdsk ねんりんピックが迫る。砺波では剣道の大会がある。担当者は血気盛ん、これまで培ったネットワークやノウハウを投入し、公民館祭りと観光イベント的要素を加えようと燃えている。思いがけず巻き込まれて、散村景観のタペストリーや増山城のパネルを急遽展示することに。砺波のため全力で協力する所存。2018年09月19日 22:51ノハラダイスケ@nhrdsk 4年前に芹谷大門遺跡の探査を一緒に行った研究者から電話。連名で論文を発表したいと打診があり快諾した。近況を尋ねると、富山を離れ東京の学校で講師に着任したという。最近はロシアなどの調査に赴いていたと明るい声で話してくれた。前途洋々たらんことを願う。2018年09月19日 19:35

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  • 19Sep
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      ノハラダイスケ@nhrdsk 昨日、利賀で採れたミョウガを職場に持って行った。結構多めだったけど、思いのほか喜ばれてあっという間に無くなってっしまった。ここまで好評とは。皆さん健忘症にならないか少し心配。2018年09月19日 10:31ノハラダイスケ@nhrdsk 息子が3連休の課題で、利賀でカマキリを捕まえた。餌はテントウムシやコオロギ、カマボコやソーセージはダメ。今日学校に持って行ったら、“少しヒーローになれた”そうだ。照れながら嬉しそうに話していた。2018年09月18日 22:27ノハラダイスケ@nhrdsk がんばれがんばれ!! https://t.co/QMnoaNu0gu2018年09月18日 22:18ノハラダイスケ@nhrdsk 栴檀野公民館からの要請で増山城の出前講座に。N女史の「今更聞けない城の歴史」と私の「保存活用と未来」の2部構成。初めての試みだが、良い感触だったように思う。この日の為にコースターを製作して下さった公民館の心意気が嬉しかった。… https://t.co/YbqKaGFDQP2018年09月18日 21:53ノハラダイスケ@nhrdsk 日本の科学研究が衰退している「2つの理由」 https://t.co/UeetUTLbTI #現代新書2018年09月16日 06:53ノハラダイスケ@nhrdsk 17:20頃、南砺市栃原トンネル手前の156号脇で成獣のツキノワグマを目撃。大きな個体で、胸に白い三日月形を確認できた。2018年09月15日 18:03ノハラダイスケ@nhrdsk Friday night, I got over tired. I am glad that I could climb the Zift Alps. #zwift https://t.co/Yf3Z1QoQJR2018年09月14日 22:37

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  • 18Sep
    • 栴檀野公民館の増山城講座に出講して来た。

      栴檀野公民館からの要請で増山城の出前講座に。N女史の「今更聞けない城の歴史」と私の「保存活用と未来」の2部構成。初めての試みだが、良い感触だったように思う。この日の為にコースターを製作して下さった公民館の心意気が嬉しかった。#増山城 #続日本100名城

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  • 17Sep
    • 「Camp Of Wonder 2018」に行ってきた。

      3連休最終日、わがままを言って福井県坂井市で開催の「Camp Of Wonder 2018」に行ってきた。ひとまず丸岡城をパトロール。城好き親子と思ってか、職員さんが「板壁の天守は珍しいんですよ〜」と説明してくださった。昼前に坂井市のゆりの里に到着すると駐車場は満杯。会場には多くの人。福井だと甘く見ていたが、完全に間違いだった。飲食ブースはどこも大行列だ。外の芝生広場には各メーカーのテントが貼られていて、中に入ることもできる。オンラインカタログでは知り得ない質感や大きさを確かめることができる。至福の空間だ。しかし、素晴らしいイベントだ。会場にはアウトドア好きもしくはキャンプに興味はあるけど行動に移していないような層が入り混じり、これまで味わったことのない熱気があった。音楽もオシャレ。展示車のJeepも最高に格好良かった。マジマジとテントを見ていると、メーカーの方に声をかけられる。色々話していると、開発で工夫したポイントなど教えてくれる。そんなことを聞くと、新しい幕に触手が伸びそうになって困る。ドームの中では、アウトドアギアのブースが所狭しと並び、賑わっていた。人気のCHUMSでは、ミサンガのような組紐状の物を作るワークショップが行われていて、行列ができていた。SOTOのブース。シングルバーナーをもう1つ買ってしまいそうになる。目の毒というか目の保養というか。とにかく物欲の歯止めが効かなくなりそうな空間だった。またどこかで開催して欲しい。できれば富山で。最近はアウトドアブームらしいし、このようなイベントが増えるのだろうな。思ったのは、スタッフもおそらくキャンプ好きだという事。なので、イベント特有のやらされ感がなく、お客さんと一緒に楽しんでいる感じがした。キャンプグッズを見るだけに福井まで来たという罪滅ぼしに、エンゼルランドふくいへ。前から来たいと思っていたが、ようやく実現することができた。想像よりはるかに素晴らしい施設。小学3〜4年生までなら、1日中退屈しなさそう。途中雨が降ったが、晴れていれば芝生広場で遊具、雨が降れば科学館で遊ぶといったように全天候型のレジャー施設だ。富山にもこども未来館などがあるが、それよりさらにユーザー目線に立った施設だと思った。所々雨漏りがしていて施設のメンテナンスが大変そうだが、このような施設が各県に何箇所かあってもいいのになと思った。

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    • U先生と旧中越銀行本店の点検を行う。

      雨降りの昨日、U先生と旧中越銀行本店の点検を。建物は1909年の建築で、1978年に出町の市街地からチューリップ公園に移築されている。外観を見終わった後、中に入って「明治建築としては一級品ですよ、ここは」と先生はポツリ。普段見慣れているので、改めて言われるとハッとする。特に天井の金唐革紙は国内随一の保存状態の良さとのこと。

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  • 14Sep
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      ノハラダイスケ@nhrdsk 昨日の疲労が残っているので、ポタポタと。うっかりプロテインを飲み忘れたのだ。 #zwift https://t.co/8KmRBYpc3q2018年09月13日 20:56ノハラダイスケ@nhrdsk 終日クリエイティブモード。来週火曜に使うプレゼンをチマチマと作成。こういう作り込む作業はなかなか楽しい時間だが、ついついスライドの数が増えてしまう。あとでばっさり削らないとな。2018年09月13日 17:29ノハラダイスケ@nhrdsk あの岡城が... https://t.co/pbsrQav0682018年09月12日 23:08ノハラダイスケ@nhrdsk 久しぶりに1時間以上乗った。 乗るとやっぱりリフレッシュできる。 強度はスイートスポット。 #zwift https://t.co/GVqPlgVjix2018年09月12日 23:03ノハラダイスケ@nhrdsk 名古屋でゲットした名城双六をセットしました!こどもたちが遊んでくれますように! #砺波市埋蔵文化財センター https://t.co/pWmoIwPfah2018年09月12日 15:54ノハラダイスケ@nhrdsk いつか増山城を取り上げて欲しいナ〜 https://t.co/fUM3mCbqoO2018年09月12日 13:45ノハラダイスケ@nhrdsk ジワジワと人気が出てます。 https://t.co/wTIfhILxqG2018年09月12日 10:56ノハラダイスケ@nhrdsk スタンプラリー参加の東京在住Aさんとタクシーの運転手さんが来館。Aさんから尋ねられ城の説明をしていると運ちゃんが遮ってきて「増山城ってのは凄い城でさ…」と説明を始めたので、ほのぼのした気持ちでやり取りを見てた。運ちゃんのような市民… https://t.co/uRBNKlvcm12018年09月11日 16:59ノハラダイスケ@nhrdsk 横浜からのお客様を迎えてのパワーランチ。増山城談義に花が咲きました。その後、曳山会館と散居村ミュージアムをはしご。たくさんの刺激をいただきました。 https://t.co/XNZheO17gs2018年09月11日 07:48ノハラダイスケ@nhrdsk 今年はこんなんやります٩( 'ω' )و https://t.co/dGEscn2VuC2018年09月11日 07:35

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  • 09Sep
    • 文化遺産の世界「小さな展示館」座談会で名古屋に行って来た。

      何物にも代えがたい刺激的で幸福な時間を過ごすことができた。本日名古屋で国際文化財さん主催の文化遺産の世界「小さな展示館」の座談会に招待され、ノコノコと参加して来た。昨晩、合同例会の後金沢から移動して名古屋入り。今朝はゆっくり過ごして11時直前に駅前のコンベンションルームに滑り込んだ。今回のメンバーは、「文化遺産の世界」でのリレーコラムの執筆者。今、埋文普及啓発の界隈で泣く子も黙るトップランナーの方々が集結(もちろん私を除いて)。浜松市の鈴木さん、南アルプス市の保阪さん、しおんじやま古墳の福田さん、ニワ里ねっとの服部さん、と何の因果か不肖わたくし。最初に趣旨説明があり、鈴木さんが進行役を。聞けば座談会は鈴木さんの提案なのだという。しかし皆さんはおしゃべりが上手。超圧縮した内容のはずなのに自己紹介だけで1時間以上もかかった。どれもこれも興味をそそる内容ばかりで、時間が早くすぎる。それぞれにすでに繋がっている人もいて、お互いの活動を何となくは知っているつもりでも、改めてその背景や思いを聞くと違った景色に見えた。皆さん、あの手この手、一捻りも二捻りもして事業を展開しておられ、ただただ驚嘆するばかり。行き当たりばったりの自分は、ここでもう発言することをためらわれた。今回、服部さんとは初顔。NPO法人の副理事長をされていて、受託事業や歴史教育等事業を多角的に展開している。ニワ里ねっとの存在は以前に養老町のシンポジウムの時などに見聞きしていたが、他に先駆けて文化遺産カードを制作したり行政から分布調査を受託したり落語会を開催したり、多彩な事業を行っていると聞き驚いた。まさかこれほどまでとは。このようなNPO法人が身近にあることが羨ましくも思えた。世の中はここまで進んでいるのだ。12:30まで会議室で話をして、昼食会場に移動。途中、堀川を渡った。堀川は名古屋城築城の際に開削された人工の運河だと鈴木さんに教えてもらった。この移動の際、今回のミッションを発動。全国の埋文職員の中でも一際輝きを放つ鈴木さんの仕事術を聞き出すという、姑息な方法で疑問をぶつけると全てにお答えいただいた。常日頃facebookで多くのヒントを与えてもらっていたが、当の本人から直接拝聴できるとはありがたし。今回は鈴木さんのご尽力で実現できた企画だ。そして、今日の座談会は鈴木さんの徳が場を包んだ。自分や自分の組織だけがよければいいというのではなく、みんなで良い方向を目指すという姿勢に共感。同僚との対話、組織内での対話でもその姿勢が貫かれている。見習わないといけないスタンスだ。迷ったら難しい方を選ぶ。発言して気持ち良いと思わないことは言わない。など鈴木語録がポンポンと。NHKさん、いつかプロフェッショナル仕事の流儀に鈴木さんを出してください。堀川のそばにある登録有形文化財の建造物、旧加藤商会ビルが昼食会場。タイ料理レストラン「サイアムガーデン」がビルに入っている。文化財建造物を活かした好例。砺波にも素晴らしい明治建築があるので、このような活かし方ができればとつい考えてしまう。昼食の間もフリートークは止まらない。しかしランチでよかった。これが夜でアルコールが入っていたらと思うとゾッとする(笑)保阪さんはいつものとおり熱い。不屈の埋文担当者、埋文界の松岡修造だ。打たれても打たれてもヘコタレナイ。その秘訣を聞くと、市民の喜ぶ顔や驚く顔を見ることが原動力になるのだという。そのメンタリティを持ちつつ、アンテナの感度は高く、実行力もある。そりゃあ結果が出るわけだよねと納得。埋文の普及啓発に婚活を取り入れるなんて、誰が思いつきますか?南アルプス市だけですよ。ベビーマッサージもやってるんですよ。出会いから赤ちゃんまで寄り添うのですから。真似できません。福田さんにコラムのリレーをお願いした時、二つ返事でOKをしてくださった。保阪さんから自分にバトンが渡された時、福田さんの歴史体験工房楽古さんが真っ先に思い浮かんだ。今回はNPOの設立の経緯からこれまでの活動や今後の野望(?)まで聞けた。またハニワ皇帝の裏話も盛りだくさんだった。いろいろと大変なこともあると思うが、しおんじやまの13年のあゆみには足跡が凝縮されていて勇気がもらえた。濃縮のランチタイム。鶏肉のスパイシーバジル炒めがヒリヒリと辛かったが、それ以上に刺激溢れる時間だったように思う。本当にこのような時間は大事。人と人が出会って、互いに刺激し合い、時に化学反応を起こす。その現場に立ち会えたような気がして、とてもハッピーな気分になった。関係者の皆さんには感謝の言葉しかない。昼食後、解散して熱田神宮へ。蒸し暑い日なのに多くの人が参拝に訪れている。特に若い人が多い。参拝後、宝物館を一応覗いてみると、パンフレット置き場の所にパレス式の弥生土器が展示されていた。これまで何度か参拝のチャンスを逃していたので、実現できてよかった。招待券をゲットしたので、名古屋市立博物館の「海たび」を観覧。民俗・文献史学・考古・自然系など総合博物館の良さを総動員したような展示で、面白かった。このような見せ方があるのだなと思った。各分野の学芸員が相当に連携をしないとこのような企画展はできない。観覧しながら、この雰囲気は氷見市立博物館に似ているなと思った。展示に浸っていると富山が大雨だと連絡が入り、ソソクサと退散。東海北陸道をひたすら北上し、砺波に戻った。座談会に同席させてもらえて光栄だった。今回のメンバーみんなスーパーマンばかり。多くの刺激を受けて明日から心を入れ替えて頑張ろうと思ったし、今続けていることに磨きをかけるのも一つの手法だとも思った。また定期的にこのような場があれば、そして思いやノウハウを共有できればおもしろいのではないかとも思う。

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プロフィール

野原 大輔

性別:
男性
お住まいの地域:
富山県
自己紹介:
学芸員、山城ハイカー、ロードバイカー。砺波平野をフィールドに、気楽に考古学の研究に勤しんでおります。...

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