
ども!
いきなり お蕎麦の写真でのアップです。
お蕎麦の谷屋さんで頂いた穴子丼付き蕎麦です。
年越しそばに如何ですか☺️
かなり更新せずでいつもすみません💦
それでも見ていただいている皆様に感謝です🙇
今年は去年から数年ぶりに復帰した美容師業を
またさせて頂くこととなり 浦島太郎状態からの
復帰で 今のヘアスタイルのカット事情に戸惑い、
動画を見ながらのテンパりまくりの1年でございました。
今は動画で何でもわかってしまうので
先に先に知っていないといけない状況で
スリル満点でございます 笑
数年前の母親の介護生活を辿ったブログも
今回で終わりとさせて頂きます。
ここから母親の介護の文に関してはちょっと読むには…と思う部分がありますのでスキップして頂いてスクロールして頂いて
ご挨拶はあとの方でさせて頂きます🙇💦
亡くなる3ヶ月くらい前に母親がコロナに罹患しました。施設内でコロナ患者が出ると何かしらで感染してしまうことがでてきます。
そうすると、母親が罹患していなくてもしていても面会に行きたくても感染していなくても約3週間は施設に面会に行けませんでした。
何とかコロナも治って落ち着いていたら
その次の月に、ある時から黒い便が出るようになり なんかおかしいなと思っていたら
ある時 看護師さんから電話で
「最近、〇〇さんが黒い便が出るようになって来たので もうそんなに先は長くないかと思いますのでそのように心積もりでお願いします」とのこと。
施設はホスピスだったので 無理な治療はしなくて最期は安らかにと言う施設なので 看護師さんは
そのような発言になります。
でも 私は全ての延命治療はしなくとも、やれることはやってあげたいと言う想いでこのまま母親を死なせることはできず
いつも行っている病院の主治医に相談して入院させることにしました。
私の母親の場合、入院には付き添いが必要になります。常に私のことを呼ぶので病院ではそこまで世話はできないので付き添いになります。
付き添うには個室で入院することになります。
検査の結果 黒い便は胃からの出血が原因で出ている状況で 主治医の診断でOKが出るまで食事は摂れなかったので 母親はかなり痩せてしまいました。
2週間ほど入院して 何とか治って また施設に帰りました。
その後、痩せた母親を見て ご飯を食べさせようとしてくれましたが、本人は食事の時間に食べたくないと言った時には施設の決まりで食べられないので、食べたいと言った時に食べさせれるようなものを私が用意して食べさせてもらっていました。
でも それは腎臓には負担がかかるレトルトものなのでしたが、本人が望むものを食べればいいと思い
好きなようにしてもらいました。
そして、退院した月の2ヶ月先の輸血で受診した検査で 高カリウム血症状態になっていることが判明して 即入院となりました。
また入院で付き添いが始まりました。
前からあった現象ですが 母親は着ている服を脱いでしまう認知状態になっていて、入院するとパジャマをすぐに脱いでしまうので困り果て 結果仕方なく自分では脱げない入院服をレンタルしてもらうことにしました。服を脱いでしまうと入院させてもらえないので仕方ありません。
施設ではその度に服を着せてもらっていたと思います。
案の定、服を脱ごうとするけど脱げないので叫ぶは暴れるわで大変でした。
そして、入院すると手首や足首に本人証明のタグをつけるのですが、それが気に入らずなんと!
歯で噛みちぎってしまいました💦
そのために歯がグラグラになり いつ抜けて誤嚥するかわからない状態で冷や冷やしました。
そんな中、だんだん会話ができなくなってきたので
後悔のないように 母親と会話をするようにしました。先に親を亡くした友達が「例えばもう言葉は話せなくても耳は聞こえているから、話しかけるといいよ」と聞いていたので
「今まで有難うね」と感謝の言葉を何回も言うと
母親も聞こえたのか途切れ途切れに「いろんな人に愛されて生きていくんだよ」と返してくれました。
でも、100まで生きると言っていた本人は、この時も自分が亡くなるとは多分思っていない状況でした。
オムツはしていたのですが、排泄はポータブルトイレでしたいということで できるだけベッドの横に設置したトイレに介助移動させてもらって排泄していましたが、体力なく血圧も低いと排泄だけで貧血状態になるので本当はあまり良くないらしく、今後はオムツでしてもらってくださいと言われてそのようにしていましたが
本人がなかなか寝たままだとおしっこが出ないからトイレでしたいとせがむので 看護師さんに頼むことも出来ないので 私が自ら移動させたら出て喜んでいたので その時に何故か私は「良かったねー!!良かった!」と母親に抱きついて号泣してしまいました。
後から入ってきた看護師さんに号泣していたのを見られてめちゃくちゃ恥ずかしかったですが💦
それから数日後、身体から液体が流れ出るという状況が出てきました。その後、もうこちらから話をしても話が出来ない状況になり ほとんど動かなくなり
数時間毎に身体の位置を変えに看護師さんが来て動かしていった数時間後、深夜だったので また見に来た時には かなりの体液が出ていて
私も仮眠していたので気が付かず
これは!と看護師さんが数人看護師を呼んで
心電図をつけだしました。
そして、気がついてからの約1時間後の午前0時に
医師の最期の判断で母親は命を引き取りました。
母親はペースメーカーをつけていたので 身体が亡くなっていてもペースメーカーが動いているという状況もあるので 完全に止まるところを見届けてからの最期でした。
亡くなった後の段取りはめちゃくちゃ忙しいです。
すぐに葬儀屋の方に電話して、葬儀屋の車が到着するまでの時間に部屋を出る準備と母親の服を脱がせて本人が希望していた浴衣に着替えさせてと
短時間の間でやらないといけません💦
そして午前1時頃 病院から出て葬儀屋の安置所で
一晩過ごしました。
長い間、母親の介護生活ブログを付き合っていただき有難うございました。
こんなことを言うと 顰蹙かもですが、
介護は自分だけで看ると思わずに、たくさんの手を借りて助けてもらいながらしてください。
私はワンオペで介護をしてきましたが その中でも家で看ている時はケアマネジャーさんや訪問看護師さんに相談し、もう限界だとなった時は病院に入院をお願いし、その後施設に入れてもらってお世話をしてもらい、助けていただきながらその中でも自分がしてあげたいことは出来たので 今ではひとつも後悔はありません。
強いていえば、コロナ禍でなければ 本当は施設から外出して喫茶店とかに行ったりできたのですが それができなかったので可哀想ではありましたが…
。
友達にも色々愚痴を聞いてもらったり 介護している友達にアドバイスらったりして 色々な方向から助けをもらいながらやってきました。
ぜひとも これから介護されるであろう皆様、
色々なところから情報を得て 出来るだけ自分に負担のないようにしてくださいね。
長々 有難うございました。
そして、今年も有難うございました🙇
来年からは美容のこととか趣味 ランチ、おやつのことなどブログに上げられたらと思っています。
来年もよろしくお願いします!
よいお年をお迎えくださいm(_ _)m


