戦後の日本は、それまでの軍国主義が平和主義へとうってかわり、1951年の「日米安全保障条約」によって、軍備はアメリカ頼みで、日本は“戦争”とか“国防”とかには無縁の国となった。それからは、ただひたすらアメリカに追随して、経済大国になることだけを追い求めてきた。戦争を知らない私たちの世代は、知らず知らずのうちに、ゆがんだ反戦教育をうえ付けられていたのかもしれない。海外では、ヴェトナム戦争(1955~75年)、湾岸戦争(1990~91年)、アフガニスタン紛争(2001~21年)などが続いていたのに、それを自分と同じ世界のできことだと認識しなかった。戦争がなぜ起きたのかを理解しようとせず、ただ戦争そのものを毛嫌いして、「ああ、またやってる」と、ニュース映像をただぼんやりとながめていた。
それをいっきに変えたのが、2022年2月に勃発したウクライナ戦争だ。日本と同じく、まったく平和で自由だと思っていたヨーロッパで、独裁者による侵略戦争が起こったことは、とても他人事とは思えなかった。それは、もしかしたら自分たちにも…という危機感を、多くの日本人に呼び起こした。もうひとつ、ウクライナ戦争が私たちに教えたのは、“悪い戦い”と“よい戦い”を見分ける力だ。これまで、ただ漠然と「戦争は悪」としか認識しなかった私たちの戦争観が、これによって、“侵略したほう”と“祖国防衛のために立ち上がったほう”を、きちんと区分するようになった。
日本の安全は、これまで70年以上にわたって、日米安保が不動の礎(いしずえ)となって支えてきたが、トランプ大統領の登場によって、その頼みの綱が切れてしまう可能性が出てきた。今後は「自分の身は自分で守る」という覚悟で、日本の安全を日本人自身が考えていかなければならない。ただ、平和の中で育った私たちは、両親や祖父母の世代が生きぬいてきた戦争を知らず、戦い方を学ばないまま、おとなになってしまった。これまで考えもしなかった“祖国防衛”が、緊急の課題としてつきつけられようとしているが、何をどうしたらよいのかわからない。現在の日本の軍事力は、十分なのか不十分なのか、もしも外国に攻められたらひとたまりもないのではないか、そんな不安が押しよせてくる。平和のなかで安穏と暮らすことは当然の権利だと思いこんできた私たちが、現在のウクライナ人のように、戦火の中を逃げまどう日が来るのだろうか。
アジアの周辺国と比べて、日本の国力が年々落ちてきていることが、いろいろな統計で明らかになっている。日本がこれまで優位に立っていた工業生産力の分野でも、周辺国が追いつき、追い越しつつある。したがって、世界の勢力図の中で、日本の地位は低下するいっぽうだ。気になるのは、領土問題などをかかえる周辺の超大国の情勢で、場合によっては、そうした国と衝突する事態も考えなければならない。国力・軍事力・経済力などで日本よりまさる相手に対して、日本政府はどういう戦略で臨もうとしているのだろうか。
日本の2024年度国家予算112兆717億円のうち、防衛関係費は7兆9172億円で、予算全体の7.1%を占める。これは、国民総生産(GDP)の1.6%に相当し、政府はこれを近い将来2%まで引き上げる予定だという。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が発表した「世界の軍事費ランキング(2022)」によると、上位10か国は、1位アメリカ8,770億ドル、2位中国2,920億ドル、3位ロシア864億ドル、4位インド、5位サウディ・アラビア、6位イギリス、7位ドイツ、8位フランス、9位韓国、10位日本、となるそうだ。むかし、「防衛費をGDPの1%以下に抑える」という暗黙の了解が国民と政府との間にあったが、そんな不文律はいつのまにかどこかへ行ってしまった。世界の主要国が軍事費を巨大化させている現状をみて、日本人の多くが「防衛費の増大はやむをえない」と認識するようになったようだ。
私は、軍事に関してまったくのしろうとなので、こうしたことについてコメントできる立場にはないが、国際情勢が緊迫化している現在、いやおうなく関心をもたざるをえなくなった。そこで、昨今の報道などから、いくつか気になっていることについて述べてみたい。
軍事費を増大させるにあたっては、どこにどのように配分するかが問題になる。防衛省のホームページには、防衛予算の使いみちについて、こと細かく記載されている。新型対空ミサイルPAC-3や、高度な情報処理ができるイージス艦など、近年、話題になった装備に関する記述もある。軍事費・装備・兵力などの国際比較では、超大国に遠く及ばない日本だが、国際戦略研究所(IISS)の分析によると、世界的にみて最新鋭の装備が自衛隊に配備されているのだという。ただ全体的には、防衛力に主軸をおいた装備になっているらしく、それは日本国憲法の制約上、「日本の軍事力は防衛力に特化せざるをえない」ということがあるようだ。防衛力を主軸とすることは、限られた予算や能力をそこに集中できる、というメリットがあるいっぽう、手薄な攻撃力をつかれて不利にならないか、という心配もある。たとえば日本は、これまで大陸間弾道弾ICBMや長距離ミサイルは必要ないという立場だった。ところが近年、ロシアの脅威が叫ばれ、周辺国がつぎつぎとICBMの発射実験に成功した、というニュースが報道されるに至って、防衛省もついに長距離ミサイルの開発・配備にふみきったようだ。でも、2026年以降の計画段階での話なので、まだ具体的な装備についての詳細はわからない。
そのへんのところは専門家にまかせるとして、私には、日本の防衛力を強化するうえで、いくつか注目しておきたい事例がある。あるいは、注目したい国がある。それらの国は、最近の報道で話題になった、あるいは以前に起こった事件で目ざましい成果をあげた、という実績がある。国力や経済力の面では、日本と同等かそれ以下なのに、日本より優れた点があると思われる。ぜひ参考にすべきと考えるが、もしかしたら、すでに防衛省はそのことを認識しているかもしれない。あるいは、すでに対処ずみで、日本のほうが先行している可能性もある。
① イスラエルに学ぶ
2024年10月、「イラン滞在中のハマース幹部がイスラエルのミサイル攻撃で殺害される」という事件が起きた。事件についての是非はともかく、これは、殺害対象者の現在位置をピンポイントでつきとめて、そこへ瞬時にミサイルを発射する、という“スゴ技”が使われたことを意味する。そのためには、対象人物の行動を偵察衛星などでたえず監視している必要があり、そんな情報探知には、たぶんアメリカの情報機関が関与していたと思われるが、そういう情報を入手・活用できるという能力もふくめて、底知れない力を予感させる。イスラエルはまた、敵のミサイルを99%の確率で迎撃できるとも豪語している。それが事実なら、そんな神がかったことができるイスラエル軍の能力は、おそらく自衛隊の技能を超えているのではないか。そうした高い確率で迎撃および攻撃できるミサイルとドローンの開発およびその操縦技術は、ミサイル搭載の潜水艦や移動式ミサイル発射台への攻撃など、海洋国日本の離島防衛には欠かせない。逆にいうと、それらがないと、日本の防衛力は他国からの侵略を防げない。イスラエルから学ぶことは多い。
② イギリスを手本に
1982年のフォークランド紛争では、一時期占領されたフォークランド諸島をイギリス軍が短期間で奪還した。かなり前のことなので、当時の戦略をいまさらとり上げても意味がないかもしれないが、イギリスが世界に誇る海軍力をもっていることは証明されている。イギリスと日本はともに海洋国家であり、地勢的にも、経済規模や政治形態の面でも共通点が多い。また、インターネット上で公開されている世界の海軍力の比較をみると、艦船数・艦船規模・攻撃力などの面で、イギリス海軍と日本の海上自衛隊はほぼ同じ規模とされている。でも、かつて世界の海を支配した歴史をもち、国連常任理事国である国と、太平洋戦争で敗北して平和国家に転じ、防衛を他国に頼っている国とでは、国際的な評価に大きな差がある。しかも、そうした軍事力評価の差が、ほぼそのまま国力の差となって反映する。国際的なもめごとが起これば、イギリスはアメリカとともに西側民主主義陣営の代表として調停にあたるが、そこに日本が加わることはない。私たちとしては、歯がゆい思いもするが、いまはまだ、イギリスを手本として、ひたすら実績を積みあげていくしかない。防衛省ホームページでは、イギリスと日本が合同演習する写真を掲載して、両国が軍事的パートナーであることを強調している。そしてたぶん、日本がいつか、イギリスと肩を並べれる日がくることを願っている。
③ インドと連携する
インドは近年、経済成長が著しく、2025年のGDPは日本を追い抜くと予想されている。また、グローバル・サウス(Global South)と呼ばれる、アフリカ、アジア、中央・南アメリカの開発途上国のリーダー的存在で、アメリカ・中国・ロシアなどの超大国と対等にわたりあえる政治力をもっている。独立運動当時から続く、その独自の民主主義路線は、欧米の東西両陣営から高く評価されてきた。ところが、ロシアのウクライナ侵略に対しては、国連総会での非難決議に棄権したことで、西側欧米から不信感をもたれてしまった。でも日本では、インドを批判する声はほとんど出ていない。軍事面では、中国の人工衛星破壊実験(2007年)に対抗した、宇宙軍備の開発をすすめていて、軍事転用ができる人工衛星の打ち上げ(2017年)、人工衛星破壊実験(2018年)にも成功している。将来的に、戦争の舞台が宇宙まで拡大したときは、インド宇宙軍の存在は、大きな脅威になると予想される。日本は長年にわたってインドとの友好関係を続けており、さまざまな分野で交流・協力を行っている。それを軍事面にも広げて、いざというときには、両国が連携できるようにしておく必要があるだろう。
最近、北朝鮮(朝鮮民主主義共和国)でミサイル(北朝鮮は人工衛星と主張している)が発射されたことが、よくニュースになる。そのときに、ミサイルが日本付近に落下するおそれがあれば、Jアラート(全国瞬時警報システム)が携帯メールなどで知らせることになっている。私も2回ほど受けとったことがあって、すぐにテレビ・ニュースなどで確認するが、いつも「ミサイルはすでに海上に落下したもよう」という“事後承諾”のような報道で終わる。時間経過から推測すると、どうやらアラートが出る前にミサイルは着弾していたようだ。ミサイル発射を感知する能力がにぶいのか、感知してから警報が出るまでに時間がかかるのか。北朝鮮から日本までの距離とミサイルの速度などを考えあわせると、これが限界なのかもしれないが、これでは日本が所有する迎撃ミサイルは役にたたないだろう。でもイスラエルでは、近距離の国からのミサイル(ロケット弾)を、パトリオット・ミサイルが撃ち落としている。この違いはいったい何なのか。なぜ、イスラエルにできることが日本にできないのだろうか。
④ 偵察衛星・レーダーの装備、通信破壊兵器の禁止
2020年にウクライナ戦争が勃発する数日前、その前兆があると予告され、実際にそのとおりになった。情報の根拠は、軍事偵察衛星による画像を解析した結果らしい。平和憲法上、防衛力を中核としなければならない日本にとっては、相手の軍事情報を検知するための偵察衛星やレーダーの活用は欠かせない。日本も情報収集の人工衛星をもっているが、探知できる範囲と性能は限られているようだ。東アジア地域は、アメリカの軍事偵察衛星がカバーしているのだろうが、将来にわたって、その情報を日本が共有できるのだろうか。日米安保が破棄された場合を想定して、日本独自の偵察衛星とレーダー装置をもつ必要があると考える。まずは、北朝鮮からのミサイルを即時に感知できる能力をもつこと、これが最低条件だ。探査用の人工衛星やレーダーは戦争目的だけの装備ではないから、防衛費とは別予算で、包みかくさず世界最高性能のものを開発・配備できるのではないか。
また近年では、宇宙空間で核兵器を爆発させることによる“電磁パルス攻撃”が想定されている。しろうと考えだが、これは“核兵器の使用”ということ以上に、生物・化学兵器とおなじような壊滅的な破壊を地球規模でもたらすと思われる。通信機器の混乱だけではすまないだろう。日本政府はすでに、その対策を検討しているらしいが、核兵器をもたない欧米の国々などと共同で、国際的にこの兵器を禁止するようはたらきかけるべきである。
アメリカ大統領選では、数件の刑事訴訟の被告であるトランプ氏が「深層国家(Deep State)」という“仮想敵国”をでっちあげて、訴訟事由はすべてその陰謀によるものだとねつ造した。どういう細工をしたのかわからないが、問題は、それを多くのアメリカ国民が信用してしまったことだ。日本でも、パワハラ疑惑の前知事を応援する投稿がSNS上で大炎上して、前知事が予想外に再選される、ということがあったばかりだ。このとき、“自分”ではなく“前知事”を応援するために立候補した人まで現れて、選挙管理委員会を「想定外のこと」と困惑させた。もし戦争となれば、これ以上の“仁義なき戦い”がくり広げられるのはまちがいない。
現代の戦争は、科学技術力の差が勝敗を分けるともいわれている。この点で、科学技術立国を自負する日本は有利なはずだが、最近では、東アジアの周辺国のほうが先行している分野も多くなって、日本の優位性は崩れてしまった。近年の戦争で使われている最新兵器や戦術をみると、ドローン攻撃、サイバー攻撃、AI(Artificial Inteligence 人工知能)技術を使ったニセ動画の拡散など、ひとむかし前には考えられなかったようなものが、主流になってきている。
技術革新や斬新な発明が発表されると、その成果はすぐに軍備や兵器に転用される。“オレオレ詐欺”が、手をかえ品をかえ進化していったように、あらたな戦闘が起こるたびに、そうした新型兵器を使った戦術が生みだされていく。そして、そうした変化に対応できなければ、それはもはや“時代遅れ”の戦略とみなされ、勝敗を決めてしまうことになる。ウクライナとロシアの戦況がたびたび入れかわったのも、外国からウクライナへ提供される兵器が新しくなった時期と関係している。
これから起こる戦争がどうなるかを予測するのはむずかしいが、どんな戦争形態になろうと、それに対応できるように備えることはできる。それは、柔軟性をもった優秀な人材を育てること、また、そうした能力をもった人をいつでも活用できる環境を整えておくことだ。現在の防衛体制がどんなに強固で、最新鋭の装備に守られていても、近い将来に起こる変化に順応できなければ、未来の戦争では生き残れない。
⑤ ハッカー集団の協力を得る
サイバー攻撃は、相手のハードやソフトに損害を与えるだけでなく、今後は相手側の人心を乱すものがどんどん出てくるだろう。それらは“非合法”どころか“凶悪犯罪(サイバー・テロ)”というべき戦術がふくまれることも覚悟しなければならない。となれば、それは通常の公務員・IT技術者・軍事専門家らにまかせるよりも、その道の専門家に頼ったほうがよい。たとえは悪いが“モチはモチ屋”というとおり、ニセ情報・フェイク動画の作成、ウィルスの生成とそれらをばらまく作業をいつも行っている人たち、すなわち“ハッカー集団(サイバー特殊詐欺グループ)”に依頼したほうが、手っとり早くて確実だ。「国家の一大事を犯罪者にまかせるなんてとんでもない」という意見もあるだろうが、これはすでにいくつかの国で秘密裏に実行されていることでもある。ランサムウェア(ransomware 身代金要求サイバー犯罪)や、巨額ビットコイン盗難事件に、覇権主義国が国家ぐるみでかかわっているのは承知の事実であり、それらを摘発するために、サイバー先進国では“おとり捜査”を合法的か非合法的かすれすれのところで実施している。というのも、国際的なサイバー犯罪組織に対して“おとり”をしかけるには、そうした組織となんらかのつながり(連絡網)をもつ人たち(サイバー犯罪者)の協力が必要だからだ。
協力を求めるハッカー集団として、たとえば“アノニマス(anonymous 匿名)”を候補に考える。この集団が、Dos(Denial of service ネットワーク・サービスに負荷をかけて停止させる)・クラッキング(Cracking コンピュータ・システムに侵入して破壊する)などの攻撃をしかけて、世界中のネットワークを混乱させた事件はまだ記憶に新しい。この集団の実態については、まだ不明なことが多いが、1) 特定の集団ではなく個人ハッカーの集合らしい、2) 若年層(低年齢層をふくむ)が主体だろう、と考えられている。日本国内にもいて、たがいに連絡をとり合いながら現在も活動中らしい。このハッカー集団に司法取引をもちかけて、これまでの犯罪行為の罪を免じる代わりに、サイバー攻撃対策作業に従事してもらう。対象者はおそらく10代から20代の若者になるだろうが、どういう資格・職務を与えるか、超法規的処置をどこまで許すか、などが課題になる。また、小学生・中学生・高校生および大学生の未成年者に対しては、保護および学業の継続をつねに優先するよう配慮しなければならない。戦争時ともなれば、相手国も当然同じようなことを行ってくるはずで、若者どうしのサイバー対戦になるものと思われる。日本の若者たちは優秀だから、相手国の通信設備・軍事施設のファイア・ウォールを破ってウィルスを送りつけること以外にも、軍事衛星との通信傍受、相手国軍の暗号解読などに威力を発揮するかもしれない。ただ、この種の任務は非常に特殊なので、早いうちにわたりをつけて準備しておく必要がある。戦争が始まってからでは遅すぎる。
コルスンスキー・セルギー・ウォロディミロヴィチ駐日ウクライナ大使が、日本へ避難してきたウクライナ人たちに対して、まず呼びかけたのは、「日本で友人をたくさんつくりなさい」ということばだった。たしかに、多くの人とよい人間関係をきずくことは、社会的にも精神的にも大きな支えを得ることになる。それは、国家間どうしでも同じで、多くの国と友好関係をもてばもつほど、国際的な地位は高まり、安全保障が担保されることにつながる。
かつて、福田赳夫(ふくだたけお)内閣(1976-78)は、相手国の体制にかかわらず友好関係をもつべきとする「全方位外交」を掲げて、それまでの日米関係を基軸とした外交から、日本が独自に世界の国々と親交をもつ外交へと方針転換した。その後、日本の経済発展にともなって、国際的な認知度が高まり、アフリカ・アジアの新興国では、アジアでもっとも発展した日本を見習おうとする運動が広まった。でも、年を追うごとに外交課題が複雑になり、日本はさまざまな国や国際機関との対応に追われて、せっかく友好的になった国とのつきあいがおろそかになったようだ。
2000年ごろだったか、南部アフリカの港湾都市で、巨大な建造物の建設現場近くを通りかかったとき、「これは中国の援助によるものだ」とガイドから説明を受けた。なるほど、たしかに建物には、中国国旗とともに、中国語と現地語で書かれた大きな横断幕が掲げられていた。建設現場には、現地アフリカ人といっしょに、大ぜいの中国人労働者・技術者が働いていて、日本の援助とはかなり意気ごみが違うなと感じた。アフリカへの海外援助では、それまで西側欧米と日本が中心だったから、20世紀の終わりごろに韓国と中国がそこに加わってきたのは、望ましいことだと思っていた。ところがその後、アフリカの多くの国で“中国アピール”が日本を圧倒するようになると、だんだん脅威だと感じるようになった。『中国・アフリカ 経済・貿易関係年次報告2021』によると、中国のアフリカからの輸入額は727億ドル、中国からアフリカへの輸出額は1,142億ドルで、中国は12年連続でアフリカ最大の貿易相手国なのだそうだ。たとえば、いま、中国と日本との間に争いごとがあって、その解決について国連総会にはかったとすると、大票田であるアフリカ諸国がみんな中国側につくので、日本は敗訴するといわれている。1990年代以前だったら、おそらく中国と日本の立場は逆だっただろう。
⑥ 世界のすみずみまで、全方位的な外交を展開する
日本の外交政策の基軸として、「全方位外交」をより綿密に、そして強力に推し進めるべきである。世界のあらゆる国・地域と友好関係をきずくことは、軍備を増強する以上に、日本の安全保障を支える柱となる。防衛費を増額するのと同様に、海外との交際費(友好関係を保つための予算)を惜しんではならない。現在、日本の外交は、アジア、西側欧米など一部の国に、かたより過ぎている嫌いがある。首相、外務大臣をはじめ、主たる閣僚および国会議員は、積極的に日本のセールス・パーソン(salesperson)となって、アフリカ・南アメリカ・太平洋諸国など世界の辺境まで訪問してほしい。それが国連総会での“1票”に結びつくかもしれない重要性を、政治家なら、選挙活動で身にしみて感じているはずだ。
日本は、これまで開発途上国に相当な援助をしてきているが、今後は、金額よりも使いかたを精査する必要にせまられるだろう。2015年、安倍晋三内閣のときの『開発協力大綱』には、「…(国際)協力を通じて我が国の国益の確保に貢献する」と“国益”が明示されるようになった。国際支援は“支援される側”のためだけでなく“支援する側”の利益にもなるべきとする考え方は、すでに世界標準になっている。“せこい”と思われるかもしれないが、援助することで、日本の味方になってくれる、いざというとき日本を支援してくれる、そういうことを期待する時代が、日本にもやって来たということだ。今後は、「国益に貢献する」という基準を優先して、どの国に、どれぐらいの規模で、どんな援助を行うべきかを試算することになるだろう。
日本の平和と安全にとって、周辺の国々との友好関係が、もっとも大切なことになる。にもかかわらず、現在、周辺5か国との関係が思わしくない。北の大国ロシアとは、領土問題に加え、ウクライナ戦争で日本がロシアに経済制裁していることもあって、両国の交友を推進するのはむずかしい状況にある。それ以外の4か国については、分断している国家がなんと2組もあり、日本はこのうち、片側の国(韓国と中国)とだけ国交をもっているので、もう片側の国(北朝鮮と台湾)は未承認という状態になっている。ところが日本は、この未承認であるはずの台湾といちばん仲がよい。それに対して、もうひとつの未承認国である北朝鮮の場合は、双方の連絡事務所もないので、両国がなんらかの交渉をする必要があるときは、それぞれの在中国大使館どうしで、接触しているらしい。日本国内には、朝鮮総連(在日本朝鮮人総聯合会、在日本公民団体)という、北朝鮮の出先機関のような団体があるが、なぜか日本政府は、これをあたかも存在しないもののように扱っている。
韓国と中国については、日本にいる長期滞在者数が、韓国人53万人・中国人93万人と他国を圧倒している。貿易や相互交流もさかんだから、密接な2国間関係があるはずだが、政府首脳どうしが親しく語りあっているところを見たことがない。日韓間・日中間には、歴史・領土・安全保障・在留自国民の保護など、さまざまな問題が堆積していて、ちょっとしたことで相互不信が起こる。“慰安婦”や“福島原発処理水”が問題になれば、たちまち政府間協議は延期され、マスコミは両国の不仲を大きく書きたてる。それにしても、近隣の国どうしが、なぜこんなややこしい関係になっているのか、事情を知らない外国人に説明するのも、うっとうしくなる。
⑦ 自由と民主主義を武器として、東アジアの覇権主義・反民主主義勢力に対抗する
地勢的にみると、分断国家にはさまれた日本は、東アジアでもっとも中立的な場所に位置し、「だれもが平等で、自由にものが言える」という基本的人権が保障されている国でもある。東アジアの首脳がいつでも集まって対話できる場所として、ふさわしい環境を備えているが、日本はアメリカと同盟関係にあり、過去の戦争のいきさつもあって、これに反対する勢力からは、まだよく思われていないようだ。この状況を変えるためには、もっと私たちの社会の実情を海外に発信して、日本のよさを知ってもらう必要がある。自由な民主主義国家としての日本が世界から認められれば、それは“日本の強み”として大きな威力を発揮するはずだ。私たちが、覇権主義や反民主主義勢力に対抗するときは、“自由と民主主義”が最強の武器になるだろう。戦う相手は、覇権国といわれる国だけではない、自由主義とされる国であっても、“ポピュリズム(populism 大衆迎合主義)”と称する反民主勢力が政権を握っている場合も対象になる。そして、この戦いはすでに始まっている。
では、どういう戦略で戦えばよいのか。具体的なやり方はいろいろあるだろうが、たとえば『朝まで生テレビ』(テレビ朝日・BS朝日)の国際版のような、東アジアの自由討論の場を、日本国内につくるのはどうだろうか。討論のテーマはいかなる国・団体・個人の利害に関係なく、あらゆる問題を扱うこととする。また、討論には、国籍・肩書・思想などを問わず、だれでも参加できることとし、これによって、多角的な視点からの意見が期待できる。たとえば、最近、話題になった「NHKの中国語国際放送で、外部スタッフが『尖閣諸島は中国の領土』と発言した」問題を、討論のテーマにとり上げたとする。これに関しては、国内のどの報道機関も「不適切な発言をした」という表現で説明していて、NHKが「防止策を徹底する」と謝罪したことでしめくくっている。具体的に何が“不適切”なのか、については述べていない。日本の法令・規則にのっとって、報道されている内容を判断すると、おそらく“不適切”とされたのは、「原稿にないことをかってに付け加えて話した」ことであり、「尖閣を中国領だと主張する発言をした」ことは、問題にはならない。でも、このニュースを聞いて、多くの日本人が問題だと考えるのは、「公共放送で日本に不利になる発言をした」ことだろう。また、中国人ならば、それに対してまったく別の見方をするはずだ。このように、討論の場で意見がそれぞれくい違っても、それは自然なことで、意見をまとめたり統一する必要はない。この自由討論は、さまざまな人がそれぞれの立場で意見をぶつけ合うことが大切で、それが日本で保証されていることに意義がある。したがって、意見がいっぽうにかたよらないように、かならず賛成・反対、双方の立場の人が討論に参加できるように配慮しなければならない。討論のテーマとしては、ほかにも「元徴用工訴訟について」「北方領土をめぐるロシアの言い分」など、考えなければならない問題はたくさんある。
国際的な自由討論を日本で実施する場合、ことばの違い、外国人参加者をどう確保するか、などが問題になる。イギリスやアメリカの討論番組では、外国人が不慣れな英語で意見を述べるのはあたりまえになっているが、日本語の場合は、東アジアが舞台であっても、日本語が使える人はごく少数に限られるので、同時通訳か自動翻訳に頼ることになる。生放送による海外インタビューをテレビで見ると、衛星通信と翻訳のための時間差があって、どうしても不自然さを感じてしまう。家庭・学校・職場などでオンライン国際会合が一般的になれば、この不自然さは解消されていくだろうが、当面は、討論に参加する人が日本在住で日本語が堪能な人にかたよるのも、やむをえないかもしれない。
現在、日本に滞在している東アジア系外国人の中に、日本語がうまく、その自由な発言が注目されている人たちがいる。発言する機会は、まだまだ自国にかかわる問題だけに限られるようだが、メディアに登場するようになって、だんだんと名前が知られるようになった。今後は、こういう人たちを広範囲に発掘して、東アジア各地域の意見・考え方を国内外に発信していくとともに、そうした人々が日本では自由に発言したり活動できるということが、東アジアや世界中にきちんと理解されるよう期待する。
◇東京財団政策研究所の柯隆(か・りゅう)主席研究員は、中国に関連した報道番組を中心に、最近よく顔を出すようになった。政治や歴史にかかわる解説をする場合、中国・日本のどちら側にもかたよらず、いつも深い見識と良心にしたがった発言をしている。共産党政権下の中国では、独断的で画一的な意見を述べる人が多いので、自由主義的な考え方をもつ人は貴重である。
◇東海大学のキム・キョンジュ(金慶珠)教授は、日韓間の諸問題に関して、いつも韓国側の立場から発言している。でも、日本のあらゆる点を知りつくしているので、誤解や認識不足から日本批判をしているわけではない。その意味では、私たちにとっても貴重な“日本理解者”のひとりだといえる。
◇YouTubeには、朝鮮学校出身者として自身の体験談を語るパク・ユソン氏や、北朝鮮からの脱北者として日本に在住しながら発信しているキム・ヨセフ氏のような例もある。朝鮮学校の生徒として北朝鮮を修学旅行で訪問した体験談、北朝鮮での過酷な暮らしぶりと脱北にいたるまでの経緯など、驚くような内容を聞くことができる。
1995年、日中共同制作のNHKドラマ『大地の子』(原作:山崎豊子)が放送されたとき、「中国残留孤児」ということばが注目された。それは、1945年の敗戦時に、日本へ帰れず、中国東北部(旧満州国)に置き去りにされた日本人の子どもたちをさし、1981年から1999年にかけて、2100人以上が肉親捜しのために来日したという。中国人の養親に育てられ成長した孤児たちが、国内の肉親と再会するようすはテレビで紹介され、多くの日本人の感動を呼んだ。一本のドラマをきっかけに、日中友好ムードが高まったことは言うまでもない。
2002年、韓国・日本共同開催サッカー・ワールドカップ大会が開催された年は、「日韓国民交流年」として、両国友好のための行事が多く開催された。それを契機に、朝鮮・韓国籍の人たちが多く住む地域が注目されるようになり、それまでの“けんかの多い町”というイメージを一新させて、“コリア(コリアン)・タウン”と呼ばれる朝鮮・韓国料理店街をスタートさせた。いまでは有名な観光商業地区となっているところも多い。
このように、あることがきっかけとなって、両国関係が急激に改善することがよくある。その場合、そうした変化をもたらす力となるのは、政府でも自治体でも関係団体でもない、ごくふつうの“人々”である。それは、私たちの中に、もともと「近隣の国のことを知りたい」「その国の人たちと仲よくなりたい」という“思い”があるからだろう。だから、そのすなおな“思い”を引き出せれば、国どうしは問題をかかえていても、おなじ東アジアに住む“ご近所さん”として、“おつき合い”ができるはずなのだ。しかも、それは、すでに小さなところから始まっているかもしれない。政府間レベルでは、ぎくしゃくしている韓国・中国・日本だが、民間レベルでみると、K-POP、C-POP、J-POPは、国境を越えて多くのファンを魅了しつづけている。また、どんなに2国間関係が悪化しても、関係改善とともに、待ちかねたようにやってくる大ぜいの旅行客がいて、訪問国の文化や景色にひかれ、宿泊先のおもてなしや料理に満足して、帰っていく。
【追記】
前回のブログ『“頭痛”から“悪夢”へ(アメリカ大統領選の結果から) -その1-』の中で、「沖縄が自治権を得る、あるいは独立する」可能性についてふれた。そして、その理由の1つに、琉球王国と大和朝廷は互いに接点がなかったことを述べたが、もしかしたら、今後、その接点をつくることが可能になるかもしれない。ただし、将来『皇室典範』が改正されて、「女性天皇が即位できる」と仮定しての話になる。
たとえば、天皇家皇位継承者(東宮)である内親王が、琉球王朝の宗家である男性を結婚相手にしたとする。このふたりが婚姻するときには、関係省庁の許可を得て、非公式ながら琉球王朝宗家(琉球国王)とその妻(王妃)という立場で、琉球王朝時代の玉座婚(婚礼の儀)を那覇市内でとり行うことができるのではないか。また、内親王が天皇に即位した際には、こんどは大和朝廷系の天皇とその夫(皇配)という関係になる。つまり、琉球王朝と大和朝廷が融合した、あらたな王朝の皇位を内親王が継承したと考えることができる。さらには、もしも内親王が琉球神道の「聞得大君(きこえおおきみ)」の職を受け継ぐことができれば、琉球神道の最高位の神職を兼務することにもなる。その後、ふたりの間に生まれた内親王が皇位についたときには、ひとりで、琉球王朝宗家・聞得大君の職および大和朝廷系天皇、という3つの位を一身で継承することになるだろう。