シャルル・ドゴール空港に着いたのは夕方だったので、その日は空港内のホテルに宿泊し、翌朝からいよいよモンサンミッシェルに向けての自転車ツーリングを開始しました。しかし、しょっぱなから困難に直面してしまいました。空港内のホテルを元気に出発したのはいいのですが、空港敷地から市街地に出ることができないのです。当時はまだスマホが普及していなかったので、ツーリングのコース探索用にガーミン社の自転車用ナビを装備していたのですが、ナビには道路が表示されているだけですから、複雑に絡まった空港道路をどのように進めば外に出られるかが分かりません。また、ほとんどの道路が自動車専用道路になっていて、自転車が走れる道路かどうかが分からず、一方通行の道路も多いため、どこに向かっても逆走になってしまいそうで恐怖そのものでした。1時間近く空港敷地内道路を行きつ戻りつし、パニックになりそうな状況の中、どこをどう走ったのかは全く分かりませんでしたが、何とか空港敷地の外に出ることができました。

 

 

 

 今なら、GoogleマップやMapyの自転車コース検索で簡単にコースを探せるのですが、空港から出るだけでこんなに苦労するとは思ってもいなかったので、今後の行程に少し不安を感じるスタートとなってしまいました。シャルル・ドゴール空港のアクセス道路は他の空港と比べて遥かに複雑であり、最初のツーリングとしては大きな試練となってしまいました。

 

 しかし、いざ空港敷地を出て郊外を走り始めると、周り一面、菜の花畑の黄色のじゅうたんが広がる絶景が続き、これ以上はないという程の快適なツーリングが始まりました。空港での困難さも吹き飛んでしまうほどの美しい景色に、思わず「これこれ、これでんがな」と、なぜか大阪弁で絶叫しながら目的地に向かって激走(?)を始めました。

 

 

 最初の海外自転車ツーリングなので、どのような状況になるのか全く分からなかったため、事前に宿泊場所などは決めずに出発しましたが、1日目だけは行程が明確だったため、念のためにホテルを予約しておきました。1日目の目的地は、空港から約100km離れたフォンテンブローであり、有名な世界遺産の城、フォンテンブロー城のある街です。途中、バルビゾン派の画家達が多く住んだというバルビゾンの村も経由して、午後4時ごろにはフォンテンブローに着きました。時間が遅かったため城内には入りませんでしたが、壮麗な外観を眺めたり、広大な庭園や池の周りを散策しながら十分に最初の観光地を堪能しました。

 

 

 

 予約したホテルは街から更に10kmほど離れた場所にあったため、街中で早めの夕食をとることにして店を探すと、近くに日本食のレストランがあり、「ラッキー」ということでお寿司と焼き鳥をつまみながらビールを飲んで夕食をとりました。今でこそ、ヨーロッパのどこに行っても日本食レストランはたくさんありますが、当時はまだそれほど多くはなかったため、幸運といっても良い出会いでした。食事については、慣れないため心配していましたが、いきなりの日本食スタートで疲れた体には何よりでした。

 

 ホテルに入っての一番大事な作業は次の日のためのバッテリーの充電です。この時はまだスポーツ用の電動自転車が発売になったばかりだったため、バッテリーの充電器もかなり大きく、また変圧器も必要なため、これらの器具がかなりかさばって重たいものでしたが、仕方ありません。アシストなしの自転車で走ることを考えれば、十分に我慢ができるものでした。少し疲れましたが、なんとか無事に一日目を終えることができました。

 

 

 2日目はフォンテンブローからオルレアンを目指して約90kmの走行としました。まだまだ疲れもなく元気いっぱいで、だんだん海外ツーリングの楽しさを実感し始めていました。ただ、この頃からお尻の痛みが酷くなり、サドルからお尻を浮かせて走らないと我慢できない時もあり、準備不足を後悔しました。2年目以降は、サドルカバーも十分に選定し、自転車用パンツの下に更にクッション付きのインナーパンツを履くなどの対策をしているためほとんど苦痛はありませんが、何せ初めてのツーリングだったので、思わぬ伏兵に悩まされました。更に、この時はリュックを支える金具をサドル後ろに取り付けていたのですが、それでもリュックを肩に担いで走っていたので次第に肩まで痛くなり、足は元気なのに尻と肩が痛いという思わぬ状況に悩まされました。

 

 3日目はオルレアンからブロアまで60㎞を走破することとしました。ロアール川沿いに整備された自転車道を走り、途中、壮麗なシャンポール城を観光した後、急坂の町ブロアに到着しました。当時はまだフランスでは電動自転車が普及していなかったため、急な坂を自転車で軽々と走る私達を、フランス人達が驚異の眼差しで眺めていたのを思い出します。ホテルを探してチェックインしましたが、さすがに3日連続で走ると体にどっと疲れがきて、空腹なのに食欲がないハンガーノックの状態に陥ってしまいました。

 

 

 4日目は、ブロアからツールを経由し全速力でナントへ疾走、する気力と体力がなくなり、ナントまでの200㎞を列車に乗って移動しました。ナントの街は近代的な街で、ブルターニュ大公城でシャンソン歌手バルバラの自筆の楽譜を見るなどの観光をした後、当日宿泊のためのホテル探しをしました。中心街付近の2つのホテルで満室だと断られ、少し離れた場所で探そうと街を走っていると、「HOTEL DIEU」という大きな建物に出くわしました。ここなら泊まれそうだと思い、早速、建物の入り口に向かいました。

 

 

 玄関を入ると受付カウンターがあり、そこにいた女性に「今晩泊まれますか」と問うと、その受付の人がニヤッと笑って言ったのが「ここは病院ですよ」。

 

 後で調べると、「HOTEL DIEU」というのは「神の館」という意味で、一般的には病院の別名らしいのですが、そんな紛らわしい看板で赤っ恥をかいてしまいました。全くややこしい名称です。その後、ようやく郊外でホテルを見つけて宿泊し、無事、ツーリング4日目を終了することができました。

 

 5日目には体力は戻ったものの、列車移動の楽さを経験してしまったため気力が戻らず、結局はレンヌまでまた列車移動をしてしまいました。食欲も戻ってきたため、レンヌでは2つ星のフランスレストランに出かけ、ワインを飲みながら好物のフォアグラなどを頂きました。女性オーナーに自転車でツーリングをしていると話すと大変歓迎してくれ、一緒に記念撮影までしました。

 

 

 

 ここまで色々ありましたが、何とかモンサンミッシェルの目前までやってくることが出来ました。いよいよ翌日にはモンサンミッシェルに到着です。

  

(出典:橋本典久著「行かずに逝けるか! シニアのための自転車ツーリング講座」、Amazon刊より)