東京都福生市。
米軍横田基地、A管理区ゲートCのそばに小さなレコード店がある。
店の前には植木鉢が所狭しと並んでいる。
寒風の中、今は花はひとつも咲いていない。
店番をしているのは三十代前半の男性。
この店の店長だ。
その年、1980年。
年も暮れようとしている12月のある日の夕方、中学生らしい少年が一人、LPレコードを一枚持ってレジ前に立った。
「お、ナックか。」
「知ってますか?」
少年はレコードジャケットを見つめる店長に、そう訊いた。
「勿論。マイシャローナ。大ヒットだよね。」
「いいですよね、あれ。」
店の中には、控えめな音量でビートルズのLP「リボルバー」に収録の曲、「グッドデイサンシャイン」が流れている。
レコードを包装する店長は、タートルネックの黒いセーターを着ていた。
少年は、その胸に、あまり見かけない、丸いバッジがつけられているのに気づく。
「ビートルズ、ですか?」
「うん? ああ、これ? そうだよ。」
“I STILL LOVE THE BEATLES”
そのバッジにはそう書かれていた。
「ビートルズって、知ってるかい?」
微笑む店長にそう訊かれた少年は、少し戸惑いながら答える。
「勿論。でも、ナックがビートルズの再来って言われてますけど、ビートルズって、そんなに凄かったんですか?」
「ナックと比較してかい?」
「ええ。」
店長は少し間を置いた後、少年を優しく見つめながら、言った。
「それほどじゃないさ、ビートルズは。ナック、ブームタウンラッツ、ブロンディ、プリテンダーズ。今活躍のバンドのほうが、凄いんじゃないのかな。それほどじゃなかったよ、ビートルズはね。」