ヒロシ、そしてサイコもただそれぞれの席に座り続けるだけだった。
二人とも立ち上がることはできなかった。
「祭りは終わったんだ。」
ヒロシはそう思った。
「祭りがあるとでも勘違いしたのかな。」
昨夜名古屋駅で会った男がそうつぶやいたのを、そのとき彼は思い出していた。
勘違いじゃないさ。
ビートルズはこの祭りのためにこそ、日本まで来てくれたんだ。
ヒロシは今、強くそう感じていた。
木綿のハンカチーフを握り締め、サイコはいつまでも席に座っていた。
涙がとまらなくどうしようもなかった。
泣きじゃくりながら、彼女は四人が消え去った入口をじっと見つめ続けた。
が、勿論そこからはもう誰も出てくることはない。
サイコ、ヒロシ、そして日本の全ての若者にとっての、壮大な「祭り」が終わった。
終わらない「祭り」などない。
「祭り」のぬくもりからどう脱け出し、また前に進んでいくか。
そここそが大切なのだが、少なくとも、そのとき武道館のスタンドで、警備陣から退場を促されながら、ただ席に座り続けている若者たちには、それを考えることはできなかった。
そのとき。
1966年6月30日。
場内の大時計は午後8時5分を指していた。
ホテルからポールと脱出して、まだ7時間程度しか経っていない。
そのたった七時間でずいぶんと俺は遠いところに来たような気がしていた。
何も考えたくなかったし、実際、俺は何も考えることができなかった。
「4人には果たしてあれが見えたのかな。」
席から立ち上がる気力も出ない俺は、武道館天井から吊り下げられた巨大な日章旗を見あげながら、ふとそう思った。