司会のEHエリックがステージに登場しても、場内の照明は明るいままだ。

 

「レオ歯磨き」をはじめ、スポンサーの大型看板が何枚も会場に設置されているのが、少し場違いに感じられる。

 

既にステージには彼らのトレードマークともいえる、ビートルズのロゴマークが入ったドラムスがセッティングされていた。

 

いよいよ彼らの出番だ。

 

ここに到着してからまだ十分程度しか経っていない。

 

本当にジョンもポールも出てくるんだろうか。

 

まさか腕章をして出てくることはないだろうが。

 

「長らくお待たせいたしました。待望のビートルズ公演でございます。どうぞ皆様、座席からは立つことがないよう、くれぐれもお願いいたします。」

 

 

気がつけば、観客席の通路という通路全てに、制服を着た警官が座り詰めている。

 

ステージ周辺のアリーナでは、何十人もの警官が観客席をにらんで立っている。

 

制服を着た警官のそばで演奏するなんて、どんな気分なんだろうな。

 

「ビートルズの四人は、皆様が立ち上がったり大騒ぎをした場合、コンサートをやむを得ず中止する、とのことでございます。」

 

「そんなこと言うわけないでしょ、ったく。」

 

一階席のサイコはそうつぶやきながら、微動だにせず、席に座ったままその瞬間を待っていた。

 

用意してきた木綿のハンカチーフをぎゅっと握り締めている。

 

周囲の客は、まさか彼女がジョンとポールとさっきまで一緒にいたなんて、考えもしていない。

 

彼女の席はステージに向かって左側であった。

 

想像以上にステージは近かった。

 

二階席のヒロシの席からは、場内全体が見渡せた。

 

コンサート開始を知らせるブザーがなると同時に席にたどりついた彼は、しかしじっくり会場を観察する余裕はまだなかった。

 

彼の隣には、興奮してやたら叫びまくる男性客が一人いる。

 

「ビートル! ビートル!」

 

コンサート前から野太い声で叫び続ける彼に、警官たちの視線が集まっている。

 

「おい、コンサート中止なんてことにはするなよ。」

 

ヒロシは祈るように、ステージを凝視している。