サイレンを鳴らした一台のパトカーが半蔵門から水道橋方面へ突っ走っている。

 

車内後部座席には五十嵐と松崎が乗っていた。

 

「今のところ、球場内には混乱は生じていないようです。」

 

松崎が五十嵐に話す。

 

「冷静になろう。後楽園球場は野球ファンで一杯だ。恐らくビートルズの顔を判別できる連中など、それほど多くはないだろう。ある意味では一番安心できる場所とも言える。」

 

自分に言い聞かせるように、五十嵐はゆっくりと言った。

 

「しかし外人ですからね、彼らは。目立つといえば目立ちますよ。」

 

「それはそうだ。」

 

「一番心配なのはファンの若者たちが後楽園に殺到することです。そうなれば大変な混乱になります。何としてもそれは避けねばなりません。」

 

「機動隊、自衛隊はどうなんだ?」

 

「既に後楽園の封鎖は完了しています。幸い、後楽園側とは、コンサート主催者である読売新聞社からのルートがありますので、緊急事態として了解をもらっています。ま、後から正力氏あたりからクレームが入ることは避けられないとは思いますが。」

 

 

「だろうな。」

 

五十嵐は自分の首が飛ぶことを、このとき真剣に覚悟した。

 

車内ではラジオで後楽園の試合の様子が流されていた。

 

試合は七回の裏まで進んでいた。

 

依然三対三の同点である。

 

「何とかしたいな、この回に。」

 

五十嵐は自分の境遇をまた簡単に忘れ、巨人ファンに戻っていた。