「日本のアーチストのレコードを買いたいなあ。あるのかな、そういうのは。」

 

 ポールは混乱してる俺たちを横目に、店内を猟犬のようにぐるぐると歩いていた。

 

「何、日本のレコード?」

 

おやじが答える。

 

「ええ、彼は日本のシンガーのレコードが見たいって言ってますけど。ここって輸入盤しかないんですか。」

 

「あるよ、日本のも。民謡とかもあるぞ。」

 

「民謡?」

 

「そう民謡。この国の各地に古くから伝わる唄。」

 

「あの、ないんですか、最近のグループサウンズみたいなの。ああいうのをポールにも見せたいんですけど。」

 

「勿論あるさ。このレコード屋はだてに花屋の二階にあるわけじゃない。ほら、こっちだ。」

 

おやじが入口そばのコーナーのほうに歩き、とある列を指した。

 

おやじのシャツには噴出したコーヒーがしみこんでしまっている。

 

内田裕也、ワイルドワンズ、スパイダース、ほら、みんな揃ってるよ。」

 

「へえ。」

 

確かに在庫は豊富だった。

 

俺が知らない無名のバンドのレコードも何枚かあった。

 

「ポール、こっちに来なよ。ほら、君が欲しがってたレコードがあるよ。」

 

ジャパニーズビートルズかい。」

 

「そんなところさ。」

 

その民謡ってのも是非聴いてみたいな。ジョンがほしがってるんだ、そういうの。

 

「それはもう。ぜひともいつの日かビートルズの曲にも民謡の心を取り入れてもらいたいもんだ。」

 

おやじは民謡コーナーをポールに案内しながら、そう言った。

 

「翔、ところでこの曲が誰のだかわかるかい? ほら、今流れてるやつさ。」

 

店内には、さっきからオルガンと男性の激しく歌い上げるボーカルが印象的な曲が流れていた。

 

俺も聴いたことがない曲だった。

 

「すいません、これって誰の曲ですか。」

 

俺はぼっと立ち尽くすサイコの横で、シャツにしみついたコーヒーをじっと見つめるおやじに訊いた。

 

「これ、洗濯してもとれるかなあ・・。」

 

「おじさん、この曲っていったい。」

 

「何、これか。ええと、わしも知らんよ。だ、誰だ、これは。」

 

おやじは窓際に置いてあるプレーヤーの上にのっていたLPジャケットを手にとった。

 

「ふむ。ドアーズ、って書いてある。これが恐らくグループ名じゃな。」