「夕日のあたる家。いいよなあ、あれは。」
おやじは座ったまま、視線を上に泳がし、感慨深そうにそう言った。
「おじさん、それを言うなら朝日のあたる家でしょ。」
ヒロシが笑いをこらえながら突っ込む。
「おお、そうか、朝日か。朝日だったな。夕日にあたってもらっても困るよなあ、家のほうも。なんだか泣けてきちゃうだけだな。」
「おじさん、面白いですね、それ。」
レコードを繰る手をとめて、にこにこしてサイコがそう言う。
「お客さん、東京の人じゃないね。」
おやじはコーヒーカップを持ちながら、二人の若者に笑顔でそう訊いた。
「えっ。わかります、やっぱり?」
ヒロシが答えた。
「そのアクセントは。名古屋かい?」
「ピンポーン!」
サイコが言う。
「あたしたち、実はビートルズのコンサートに来たんです。」
「そうだろうと思ったよ。いよいよ今日だねえ。武道館、すぐそこだよ。もう行ったの?」
「ええ。朝東京駅に着いてから、すぐ行きました。警官だらけでとても近づくことはできませんでしたけどね。」
「そうだろうねえ。」
おやじは窓のほうに視線をやった。
この店に一つだけある窓は、どうやら武道館の方角を向いているらしい。
店内の壁や天井にはアーチストのポスターが何枚か貼ってあった。
ヒロシが見たこともないようなGパン姿のビートルズのポスターもある。
ストーンズの写真もあった。
キースが引きつった笑顔を見せている。
「ほんとに何でこんなに、っていうくらい厳しいよなあ、今回のビートルズは。彼らも東京見物くらいしたいだろうにねえ。」
プレーヤーのLPをB面にひっくり返しながら、おやじはつぶやく。
「どうせもう日本には来ないんだからさ、思いっきり見せてやればいいのにねえ、この国を。」