ロックに出会ってから、サイコはありきたりの人生は送りたくないと、漠然と考え始めた。
誰もが通る道ではあるが、彼女の場合、そこまで鬱積していた自分の意志というものがかなりのサイズだったようで、不自然なほど強硬に「短大には行かない」と言い出す。
エレキを聴くやつみんな不良。
こんな標語が街中に貼り出されるような時代だ。
その二階の部屋から聴こえてくるロックを耳にした、サイコの家の近所の主婦たちは、
「まさか、あのサイコちゃんがねえ・・。」
と、夕焼けが赤く染める名古屋市昭和区の空のもと、街角に集まっては噂しあうようになった。
次第に家にい辛くなったサイコは、毎日学校帰りに鶴舞公園内にある図書館に行き、そこで時間をつぶすようになった。
それまで興味を持っていなかった、音楽、映画に関する本を彼女はそこで読みふける。
全ての入口はビートルズだった。
ビートルズがサイコに、外国の芸術全般の手引きをしたのである。
図書館には、彼女のお気に入りの一冊があった。
ロック、カントリー、ジャズ、ジャンルを問わず、当時の洋楽アーチストが発表したLPのジャケットを集めた大型の写真集である。
彼女は午後四時過ぎに図書館に来ては、二階奥の「芸術(音楽)」コーナーに足を運び、棚の一番下の列にあるその本「アルバムジャケット」をよいしょ、と取り出し、閲覧スペースの机に座り、閉館の八時まで、ただただ頁を繰って見つめるようになっていた。
サイコは、今、自分が長い長い滑走路を走っていると感じていた。
いつか、空に飛び立つ。
彼女はそう確信していた。
勿論、ほとんどの人は飛び立つこともなく、そのまま滑走路を走り続け、最後には疲れて立ち止まってしまうけど。