「彼ら四名分のシーツ、枕カバー、それからテーブルクロス、これは彼らが暇つぶしに油絵を描きなぐったために絵の具で汚れたもの、後はカーテン、これは汚れが目立つとして、マネージャーのエプスタイン氏から洗濯するよう指示がありました。」

 

俺は、早口で答えた。

 

林は流れ着いた桃を今まさに割ろうとしているところのようだ。

 

「カーテンまで洗え、か。何様のつもりかな、全く。」

 

山崎努警官が、やや警戒を解いた雰囲気で答えた。

 

 

おととし香港に来たとはいえ、彼らにとっては初めての本格的なアジア公演です。少し神経質なようです。まあ我々にとってはVIPですから、指示に従うまでですが。」

 

「VIPか。そのVIPのために、この国の警官がいったい何人動員されていることか。」

 

俺はさりげなく、林に言う。

 

「行くか、じゃあ。ランドリーは地下だったよな、確か。」

 

それには答えず、林はファイティング原田警官の方を見て、こう訊いた。

 

「桃太郎って、鬼ケ島ですよね。あれって、最初の家来は誰でしたっけ。犬でしたっけ。猿でしたっけ。」

 

ここまで素でばかをやってくれれば、逆に助かる。

 

しかも原田氏はちゃんとジャブを返してくる。さすがチャンプだ。

 

「うーん、何だっけかなあ。きじなんて家来もいましたよね、確か。」

 

俺はそんな二人を無視して台車を押して、エレベーター方面に向かった。

 

林も慌てて後をついてくる。

 

廊下には誰もいない。そして静かだ。

 

外の喧騒、日本国中の大騒ぎ振りが嘘のように、この廊下は静まりかえっている。

 

まさに台風の目なんだ、ここは。