俺たちがいた部屋は十階、ホテル最上階のプレジデンシャルスイートだ。

 

フロアの一番奥にあり、エレベーターは、フロア中央に二基。

 

廊下には真紅のカーペットが敷き詰められている。

 

その長い廊下を一気に台車を押して突き進もうとしたときに、警官から声をかけられたのである。

 

「それは何だ?」

 

警官の一人が、無表情のまま尋ねた。

 

俳優山崎努に似た、長身でクールなタイプだ。

 

警官と言うよりも、一人部屋に隠れて爆弾を作ってるようなタイプである。

 

俺は質問に答えようとしたが、その前に林が反応した。ばかなやつほど、こういうときの反応が実に早い。

 

「あ、これっすか。いや、洗濯物がたまちゃったなあ、なんて。ほら、この山のような洗濯物。いくらなんでも多すぎるぞ、ってな量ですね、こりゃ。」

 

ハイスピードで墓の穴を掘っている。願わくば、林の分だけにしてもらいたい。

 

「へえ、洗濯物ねえ。おばあさんは川に洗濯に行きましたってか。」

 

もう一人の警官が、突然表情を崩して会話に割り込んできた。

 

身長は俺よりも小さい。百六十五センチ程度。

 

当時、最強のチャンプとして世界に君臨していたプロボクシングのファイティング原田に少し似ていた。やや訛りがある。 

 

 

ビートルズ警備に関しては、警視庁は全国から警官を三千人以上も召集しているらしい。

 

彼も東北の田舎あたりから出てきたに違いない。ちょっとした東京見物だな。

 

「そ、そうなんです。おじいさんは山へ芝刈り、我々は川へ洗濯へ、ってね。そこへ大きな桃がドンブラコ、ドンブラコってですね。」

 

「何を洗うんだ、いったい。」

 

林の日本昔話をさえぎり、山崎努警官が静かに尋ねた。