俺は岸さんに言ったものだ。
「私、ビートルズってよく知らないんです、実をいいますと。いいんでしょうか、こんな私が彼らに帯同して。ホテルの社員でももっとビートルズのファンでこの仕事をやりたい、って思ってる方がいると思いますが。」
人事部の最奥に位置する机で、椅子に思いっきりふんぞり返りながら、岸さんは答える。くわえタバコが今ひとつ似合っていない。
「そこなんだよ、山岸君!」
「は?」
岸は鬼の首でもとったかのような誇らしげな表情で語り始めた。
「だからいいんだよ、だから。実はビートルズ側からな、帯同させるホテルスタッフには自分たちのファンじゃない人間を用意してくれ、って強い要請が来てるんだよ。山岸君、君はまさにうってつけだよ。」
「ファンじゃない人間ですか・・」
「そうだ! 君しかいない、君しか!」
仕方ない。
そう決まった以上、俺はビートルズが来日するまで、暇を見つけては彼らのアルバムを改めて聴くことにした。
最新のアルバムは、前年末に発売された「ラバーソウル」というやつだ。
やけに静かなアルバム、ってのが俺の印象だったが、繰り返し聴いてみると、その静けさの中に、彼らの反抗的な姿勢、そして何よりもその強烈なオリジナリティがはっきり感じられるようになった。
まず俺が惹かれたのはジョンがボーカルの「ガール」という曲だった。
バラードであるが、曲の中で激しい息遣いを巧みに使っている。
何が言いたいんだろう、こいつは。
俺はそう感じながらも、その曲が妙に気になった。