こんばんは、僕は子供好きな水泳オタクです。
夜分遅くのブログ、失礼いたします。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
今日で8月が終わりますね。皆さま、今年の夏はいかがお過ごしになられましたか。暑い日々が続いてきましたが、それもあと少しで終わると思うと、何だか気が楽になりますね!
また今日は8月の最後でも、今日で大晦日までちょうど4か月です。時の流れって言うのは、本当にあっという間です。
今日、自分でも制御できないほど、感情が高ぶる出来事があり、自分でも理性や我を失っっていました。午前の外出を終えて、シャワーを浴びている最中に、就職浪人の生活において、これまで積み重なってきたものが一気に噴き出し、湯舟やドアを何度も裏拳でたたいてしまったのです。手の甲には赤みと腫れが残りましたが、今は完全に落ち着いています。
高ぶった直後もまだ気持ちは収まらず、しばらくしてから今度は強い自己嫌悪とショックが押し寄せてきました。この経験を、感情的な愚痴としてではなく、なぜそこまで積み上がっていたのかという構造の問題として、できるだけ論理的に整理してみたいと思います。感情の強さそのものを書きたいのではなく、その感情を生み出した条件を分解し、次に同じところまで追い詰められないための材料にすることが、この文章の目的です。
前提として、この件は誰か特定の相手が悪いという話ではなく、いくつもの事情が同時期に重なってしまったことが本質だと考えています。誰かを断罪するための文章ではなく、自分の内側と外側で何が起きていたのかを、できるだけ客観的に分解していく作業だと捉えてください。
まずは、お金にまつわる構造です。アルバイトで得た給料のうち、少なくても7割前後は国民年金の支払い、通信費をメインとした固定費という形で自動的に手元から離れていきます。これは制度上当然のことであり、誰かの落ち度ではありませんが、実際に稼いだ額の大部分が自分の裁量で使えないという状態は、日々の資金繰りに常に緊張感を持たせる要因になっています。
これに加えて、在学中に短期間の海外留学に行った際の費用を、両親から借りる形でまかなったという経緯があります。今はその返済のために貯金を続けている段階で、結果としてお小遣いにあたる分を使える余裕がほとんどありません。そしてもうひとつ、母から「社会人になったときのために」という理由で、毎月1万円を渡すというルールを課されています。これは自分の将来を思っての取り決めであり、意図としてはむしろありがたいものだと理解しています。
ただ、年金・留学費の返済・この1万円という三つが同時期に重なることで、手元に残る金額が想像以上に少なくなり、精神的な余白がどんどん狭くなっていったというのが実情です。加えて、扶養に入っている都合上、年間の収入には一定の上限が設定されています。早く貯金を増やして自立を前倒ししたいという気持ちがある一方で、シフトを増やして稼ぎたくても、その上限を超えると扶養から外れてしまうため、意図的に稼ぎを抑えざるを得ません。働けば働くほど自立が近づくはずという単純な図式が、この制度上の上限によって成り立たなくなっているという点も、地味ながら大きな負荷になっています。
この構造を数字だけで見ると些細に思えるかもしれませんが、心理的な影響は単純な引き算では測れません。稼いだ分の多くが自動的に消えていくという経験は、努力と手元に残る結果が比例しないという感覚を日常的に刷り込みます。働いた時間に対して、自分の裁量で使える余地が極端に少ないという状態が続くと、金銭そのものよりも「自分の頑張りが自分のために還元されていない」という認識のほうが、じわじわとメンタルを消耗させていきます。これは怠けたいという話ではなく、努力と手応えの因果関係が見えにくくなることへの、素朴な違和感だと理解しています。さらに言えば、扶養の上限という「稼ぐこと自体に上限がある」構造は、この違和感をより強くします。頑張って稼ごうとする意志があっても、それを制度側から途中で止められるような感覚があり、自分の努力量そのものをコントロールできないという無力感につながっていました。この違和感を放置したまま働き続けると、モチベーションの低下という形ではなく、蓄積したフラストレーションが別のきっかけで噴き出すという形で表面化しやすくなる、というのが今回の経験から得た実感です。
こうした金銭面の構造に、日常の別のストレスが重なりました。アルバイト先では、チームで動いた成果や評価が周囲のメンバーの働きとして扱われ、自分自身が何をしたのかが見えにくくなる場面がありました。また、休むときの引き継ぎなど自分の役割はきちんと果たしていても、他のメンバーが同じように動いていなかった結果、その責任がすべて自分に集約され、当人を前にして厳しい指摘を受けるという場面もありました。個人の努力と、それが周囲からどう見えるかの間にずれが生じやすい環境だったと言えます。評価という仕組みは本来、行動と結果を結びつけて可視化するためのものですが、それがうまく機能しない場では、正しく行動している人間ほど「見えない負担」を背負いやすくなります。自分の場合、休むときの引き継ぎのように、決められた手順を守ること自体は当然のこととして評価の対象にすらならず、逆に他人が守らなかった結果だけが自分の責任として表面化する、という非対称な構図が繰り返されていました。
そして、今回いちばん時間をかけて考えたいのは、私生活の空間そのものについてです。
今の生活の構造上、家の中に自分だけの居場所と呼べる空間がありません。物理的な部屋の話というより、気を張らずにいられる時間や場所そのものが確保できていないという意味です。だからこそ、早く自立してひとり暮らしをしたいという気持ちは、単なる将来設計というより、今の状態から抜け出すための切実な希望に近いものになっています。本音を言えば、毎月の納金のルールそのものが、その自立を遠ざけているようにしか見えない瞬間があります。もちろんこれは、先に書いたとおり、渡す側の意図を否定するものではありません。それでも、貯金の積み上がる速度を自分の目で見ているからこそ、この構造が自立までの時間を延ばしていると感じてしまうのは、避けようのない実感です。
とはいえ、こうした本音を実際に言葉にすることはできませんでした。爆発したあの日、自分が起こしたことの重さの比ではないほど長い時間、感情のこもった強い言葉を家族から受け続けました。「一緒にいてしんどい」という言葉も、そのときに向けられたものです。正直なところ、あの瞬間は、住む場所の質を落としてでも、誰にも気を張らずにいられる自分だけの空間さえあればそれでいいとさえ思いました。極端な言い方をすれば、ホームレスでも橋の下の生活でも構わないから、自分の呼吸だけで満たせる空間が欲しいと感じたということです。これは実行可能な選択肢としてではなく、今の居場所のなさがどれほど極限まで来ていたかを示す一つの尺度として、あえてここに残しておきます。
また別の日には、遠回しに「出ていけ」をにおわせるような言い回しとともに、「ひとり暮らしする分のお金はためているの」と聞かれたこともありました。言った側の意図がどうだったのかは、自分には分かりません。ただ、今のように収入の大半が構造的に自分の手を離れ、自立までの資金を思うように貯められない状況に置かれている人間からすれば、たとえ相手にそのつもりがなかったとしても、そう受け取らざるを得ないところまで追い詰められていた、というのが正直な実感です。意図の真偽を問うことよりも、そう感じてしまうところまで自分が来ていたという事実の方が、この文章では重要だと考えています。
こうした受け取り方の背景には、日頃から本音を口にできていないという事情もあります。家庭内で「自立を急ぎたい」「今の状況が苦しい」と率直に伝えられていれば、同じ言葉を受け取ったときの解釈はもっと穏やかなものになっていたかもしれません。しかし実際には、その一言を言うタイミングも言い方も見つけられないまま、日々の生活だけが積み重なっていきました。今こうして文章という形を選んでいるのも、face to faceでは言えなかったことを、間接的にでも形にしておきたいという理由が大きいと感じています。
これらすべての根底にあるのは、両親を早く楽にさせたいという気持ちです。
教員採用試験すべて不合格に伴って、就職浪人の生活をしている中、 一日でも、一時間でも、一分一秒でも早く内定を取り、社会人として自立し、これまで支えてもらってきた分を返していきたい。この思いが強ければ強いほど、内定が出ない現状とのギャップが自分自身へのプレッシャーとして跳ね返ってきます。今回の件が起きたのも、外側の誰かに対する怒りというよりは、自分の理想とする速度で物事を進められていないことへの、自分自身への苛立ちが大きな部分を占めていたのだと思います。自立したい、楽にさせたい、けれど今はまだそれができません。その板挟みの状態が、日常の細かなストレスや金銭的な構造と重なり合い、身体的な反応にまで転化してしまったのだと理解しています。
高ぶりが収まったあとに残ったのは、爽快感ではなく強い自責の念でした。ここが個人的には一番重要な観察だと思っています。誰かのせいにできる話ではないからこそ、行き場のない感情がすべて自分に向かい、「また自分が悪いことをした」「自分がコントロールできない人間なのではないか」という方向に思考が引っ張られていきます。冷静に見れば、これは性格の欠陥ではなく、複数の負荷と、早く親を安心させたいという強い願いと、自分だけの空間を持てないことへの息苦しさが同時に処理能力を超えたときに起こる反応だと説明できます。それでも感情の後処理の段階では、原因を状況にではなく自分の内側に置いてしまいがちです。
ここから導き出せる結論は、いくつかの実務的な対処に集約されると考えています。ひとつは、傷ついた身体をまず物理的に休ませること。感情の整理より先に、身体の状態を落ち着かせることが優先されるべきです。もうひとつは、国民年金の免除・猶予制度など、公的な仕組みを調べて活用し、固定費の負担をひとりで抱え込まないようにすること。そしてもうひとつは、両親を楽にさせたいという気持ち自体は大切にしながらも、それを「今すぐ結果を出さなければならない」という自分への圧力に変換しすぎないようにすることです。就職活動には自分の努力だけでは縮められない時間軸があり、そこに感情的なエネルギーを注ぎすぎることは長期的には合理的ではありません。
もうひとつ、今の自分にとって現実的な対処として考えておきたいのが、ひとり暮らしという最終的なゴールに向けた道筋を、感情ではなく手順として分解しておくことです。必要な初期費用の目安を調べる、収入と支出のうち自分でコントロールできる部分を明確にする、といった具体的な作業に落とし込むことで、「今すぐには叶わない」という焦りを、「着実に近づいている」という感覚に変えていくことができるはずです。あわせて、家の中に物理的な意味での居場所がない期間をどう乗り切るかについても、短時間でも一人になれる場所や時間を意識的に確保するなど、応急的な工夫を考えておく価値があると思います。
もうひとつ付け加えるなら、こうした状況について本来なら就職エージェントのような外部の専門家にも相談したいという気持ちがあります。
ただ、これまでの経験がその選択を難しくしています。教員採用試験に落ちたという経歴を中心に、今の生活状況について電話越しやリモート面談の場で、侮辱するような言い方をされたり、大声で嘲笑されたりしたことが実際にありました。すべてのエージェントがそうだというわけではないと理解していますが、少なくとも自分がこれまで接した範囲では、安心して本音を話せる相手として頼ることも、その言葉を信用することもできない、というのが正直な実感です。相談先の選択肢として本来なら有効なはずのルートが、こうした経験によって心理的に使いにくくなっている、というのも今の状況を構成する要素のひとつだと考えています。
ここで一点、あらかじめ補足しておきたいことがあります。こうした出来事について、「自分の就職事情に合っていないエージェントを選んでしまっただけではないか」という見方もできるかもしれません。しかし実際には、その逆で、既卒であることや教員採用試験に落ちたという経歴も含め、まさに自分の就職事情に合わせて選んだはずのエージェントとのやり取りの中で起きたことです。事情に合わせて選んだ相手からこうした対応を受けたからこそ、単なる相性の問題として片づけることができず、それでもなお、こうして言葉にしてみようと思えたという経緯があります。
こうした整理と並行して、経験の幅を広げる意味も兼ねて、お盆前に占いに行ってみたことも書き添えておきます。
当たる当たらないという点は本質ではなく、ここで注目したいのはその内容の構造です。占い師からは、ここまで書いてきたような状況を、かなり具体的に言い当てられたうえで、「あなたの運勢や幸福度は、干からびた荒地。今アルバイトとしてプール関係の仕事をしていること、ストレス発散にジムで身体を動かす、汗をかいていることは、運勢等にフォーカスすると、水に触れる・水を生む行為そのもので、雨降れば地固まるとあるように、気を自分から引き寄せる行動であり、理にかなっている」と評されました。
今後の運勢や将来については、ここ3年ほどが人生の中でも特に厳しいかつ不幸が延々と続く時期になるものの、その支えになっているのがプールとジムでの運動であり、30歳を迎える年を境に、状況は好転していくという見立てでした。あわせて、今は修業期間だと捉えて落ち込みすぎないこと、他人の目を過剰に気にしないこと、たとえ理不尽な批判や誹謗、責任の押しつけを受けたとしても、それは相手が妬みや苛立ちを自分にぶつけて発散しているに過ぎないと受け止め、自分を保つようにという助言も受けました。
占いという形式そのものを鵜呑みにするかどうかは別として、ここで論理的に意味があると感じたのは二点です。ひとつは、すでに自分の判断で始めていたプールとジムという行動が、結果的にストレス対処として機能しているという事実を、外部の視点から裏づけられたことです。もうひとつは、「今の苦しさには期限がある」という時間軸の提示と、「他人からの理不尽な言葉は、相手側の事情の反映であって自分の価値とは関係ない」という切り分けが、これまで自分の中で分解してきた構造分析と方向性として一致していたことです。占いの当たり外れを判断材料にするのではなく、すでに自分で選んでいた対処行動の妥当性を確認する機会として、この経験を位置づけておきたいと思います。
ここまで書いてきた内容は、読み方によっては単なる愚痴の羅列に見えるかもしれません。それでも、自分の身に起きたことを自分の言葉で記録し、表現すること自体は、一人の人間として当然持っている権利であり自由だと考えています。ある記述が愚痴に見えるかどうかという評価と、その記述が事実の整理として妥当かどうかという評価は、そもそも別の軸にあるはずです。感情を伴う出来事を扱っているからといって、それを分解し言語化する作業自体の論理性が損なわれるわけではないと考え、この文章を書いています。
今回の件で改めて感じたのは、限界まで耐えることは美徳でも何でもないということです。負荷は重なるほど見えにくくなり、気づいたときには身体的な反応として表出してしまいます。だからこそ、負荷が重なっている自覚がある段階で、早めに構造を分解し、公的な支援や、自分への期待値の調整、そして自立への具体的な手順といった形に落とし込んでおくことが、結果的に自分を守り、ひいては両親を安心させることにもつながるのだと思います。振り返ってみると、今回書き出した要素はどれも単独では致命的なものではありません。国民年金の負担も、留学費の返済も、家庭内のルールも、アルバイト先での評価のずれも、それぞれは社会人になる前の多くの人が通る道の範囲に収まるものだと思います。
問題は、それらが同じ時期に、しかも私生活における居場所のなさという土台の弱さの上で重なったことです。土台が安定していれば吸収できたはずの負荷が、土台そのものが揺らいでいる状態では、そのまま身体的な反応にまで直結してしまいます。今回の一件は、そうした条件の重なりを可視化する機会だったと捉えています。
息を吸える場所は、今はまだ手元にありません。それでも、その場所に向かう道筋だけは、自分の手で描いておきたいと思っています。負荷の正体を言葉にできた分だけ、次に同じ重なりが来たときには、感情に押し流される前に、どこから手をつければいいかを自分自身に示せるはずだと考えています。
ただ、どれだけ理屈で整理しても、息を止め続けられる人はいません。プールで人に教える立場だからこそ分かることですが、どんなに我慢強い人でも、どこかで必ず水面に顔を上げて息継ぎをする瞬間が来ます。今はまだ、その水面がどこにあるのか、自分でもはっきり見えていません。この文章は、その息継ぎができる場所を自分の力だけで探し続けるための記録であると同時に、もし誰かがこれを読んで何かに気づいてくれるなら、それが今の自分にとって、そのまま助けになるという前提で書いています。
今日は、この辺りで失礼いたします。