君は君だよ

君は君だよ

  過剰適応との奮闘記


初めまして


いわゆる「いい子ちゃん」で育ってきた私。


親の望むものと機嫌をとり続ける生活の中、いつしか自分が何を望んでいるのか

毎日何のために、誰のために生きているのか、自分や自身の人生の無価値感や

慢性的な離人感に苛まれる生活の中で最愛のパートナーに出逢い、精神的な自立を迎えるがため

自身の意思の弱さと、行動力のなさを戒める場として、毎日の親とのやりとりでの苦痛を吐き出す場所として

ブログを立ち上げました。


もし、同じような葛藤がある方がいれば共感しあいましょう、仲良くしましょ!

一人じゃ心折れちゃいますから (´▽`*)<ね?


当方、幼少期からの軽度離人症持ち、性自認不明確、自傷行為からは卒業。

軽度オタクの傾向あり、お絵かきやニコ生に関心あり。

共通点があってもなくてもピグ滞在中(`・ω・´)ゞ<お気軽にお話くださいませ!



                                                              2012/7/1

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6/4
帰宅の知らせメールしたら「あんたが皿洗わないから母さんがやった 昼寝できへん><」って内容が返ってきた。
しらんがな!って話です。その役割は本来『お母さん』の役割じゃないんだろうかと思う。

矛盾矛盾矛盾。

完璧主義でこれが家族!母!娘!みたいなところがあるのに頑張るのは周囲だけで。あんたは何してんだよ。といった状況。

帰宅すれば翌日のアクセス検索を詳細に見ようとグーグル地図で把握するのに時間がかかる中。「早く寝なさい」の嵐。
「明日の会場調べてるから待って」と何度も言ったのに聞いてないのは母の方なのに。顔も見ず、返事を聞かずにサッカー見たり、

溜めこんだ炊事とか自分勝手して。自分が声聞く姿勢も取らずにいたくせに。

怒ってるわけでもなく大急ぎで荷物片付けて部屋に走って戻ってPC立ち上げてまた調べ直したらその物音が気に食わなかったのかド

スドス足音鳴らして部屋まで追いかけてくる母。

急いで部屋移動した私になんの罪があるのよ?金切り声あげて追っかけ回して黙らせるのはそんなに気分がいいかね?

首締めたら一瞬なのになぁとか、法律鬱陶しいなぁとか、こちらの気分も大荒れ。
私には将来を約束した人や生きがいがあるから決してそんなことしないけど。

未成年でもないし、学生でも無くなったので幼稚園のころ振りに反抗してみた。
母の大嫌いな「普通じゃない」、「気違い」を使って。

「何をそんなキチガイになることがあるのよ?」っていったらますます暴れてドアがんがん叩いてきてサルみたいでちょっとおもろ

かったからやめてほしいと思った。

力一杯引っ張られて、その拍子に引っかき傷とかミミズ腫れができて、果ては握りしめる指圧であざが出来た。
それが6月4日のこと。現在、16日漸く痕が薄れる。
思いの強い傷は消えにくいっていうの、本当なのかな?こわわわ。

とにかく4日は恐怖なんかは無くて、ただただ親の情けなさに涙が出た。

情けない。くだらない。悔しい。いろいろ混ざってただただ悲しかった。
考えたらまた涙出るからやめておこうかな、とか思いもするけど、傷跡が現実を物語っていて気分が変わらなくて、何もかも精神的

にも肉体的にも痛かった。

向こうがギャンギャンいうから、それを越えるくらい声出したら自分でもびっくりするくらい声出た。
キリがないから20年ぶりくらいに父に助けを要請した。いや、昔は私が怒られてるだけやからって思ってたから要請なんて一度もせ

んかった気がする。今回は、こういう選択肢を見つけただけ。母の前で泣いたりしなかった。私は弱くなんてなってない。と自分に

言い聞かせた。

初めて親のことを「この人」って言った。 認めたくなかった。こんな母親。

誰だ、親は誰でも子供を愛してるとか、その為に過保護になるとか、言い出したの。根拠を、教えてください。

子どもを愛してるか愛してないかという次元ではなくて、子どもよりも自分を愛してる親なんて五萬といるんです。
これは事実です。どんな場面でも綺麗事だけで回る世界なんて在りえないんです。

蹴られたから蹴り返した。掴まれたから掴んで突き放した。

まるで、母の言うことを聞かない子は蹴って罰を与えます。
でも私の傍から離れないで、という葛藤を形にされたように感じた。

「お母さんのお金であんたは出掛けたりご飯食べたりできてるんだからね」って言われたから、「父さんの金や」言うたら押し黙っ

たから、今日の口答えは私の勝ち、なんて優位に立って自信をつける。なんともくだらない。


親父にありがとう っていおうとしたけど、思ってた以上に声が疲れてて、おやすみを言うだけで精一杯だった。
そんな情けない挨拶で家族との濃い4日が終わる。

部屋に戻り気付いたのは右足首にも出来た引っかき傷と痣。
左肘からの少量の出血。
脱力しすぎて電気消しに起き上がる気力も出なくて、誰かに消して欲しいとさえ思った。

なんの前触れもなく怒り狂った母親に、過去の出来事のありとあらゆる自分の悪い点だけをあげられて罵られて、突き飛ばされ殴ら

れ叩かれた子供が、親に反抗するっていうのは無理な話だと思う。
だって、何が親の怒り所なのか、時期なのか、気にくわない点なのかわからないんだよ。
自分の何気ない行動や言葉が自分の首を締める。半殺しのまま飼いならされる。 誰だって、そんなこと望んでない。
みんな仲良しなら、それが上面だけでも良い。そうやって誤魔化してきた。じゃないと、小さな子供だった私は耐えられなかった。

23歳の今だから引っかき傷や僅かな痣、出血ですんだけど、これが小さな子どもだった場合、どうなっていたのかと考えると怖い。
腕や足なんかは簡単に折れていたんじゃないだろうか。

なんで、社会人にまでなって手をあげられなきゃなんないか。どうして手より先に言葉をだせないの?サルなの?ねえ。なんて思っ

たりもして。

今回ばかりは、反抗の意思を消さないように、と思って。
「私はあんたの望みを叶えるために生きてるんじゃない」とも言ってやった。図星突かれただろうなと思たら、鼻で笑って1つも叶

えてもらってませんけど?wwwって返してきよって。やっぱあほだなこの人。と思った。

そんな言葉、望みを叶えてほしいと思ってなければ出てこないんだよ。

一旦優しい声色になって、仕事やめてもいいのよ?とかいってたけど話し相手いなくなる怖さと、相手してほしい、愛してほしい、

許してほしいって思いからだってわかるから。典型的なDV気質なんだなと。

職場のユニフォームの関係で傷が必然的に見える物だから言い訳を考えてから眠る。
「やんちゃな妹と」だの、「段ボールでやらかした」だの。

昔から、言い訳や嘘をつくって、通すことだけは得意だった。


あまりに、同じ空間に居たくなくて終電で帰ることにした。
また「心配した」とか「わけのわからないことをして周りを引っかきまわす」だの言われるのも、もし本当に家族の誰かが心配して

くれるというのならと父に遅くなります、鍵だけ開けておいてくださいとメールしておいた。
鍵、持ってたらよかったんだけど、無かったから。
そしたら、鍵開けとけとはどんだけ遅いんだ!ボケ!さっさと帰ってこんかいボケ!って。
昨夜のやりとり見てただろうに。
ボケはなくないだろうか。
子どもが親と一緒に居たくないってSOS出してるのに無視して、どんなに苦しんでてもその気持ちに嘘ついてでも仲良し家族でいな

くちゃならない理由がどこにあるの。

軽い暴力振るわれたその日から数日間クチを聞かず、食事を用意してもらえなかった。
絶縁状態を怖れた母が、一方的に狂ってただけの状況を「喧嘩」と称して平和な日々に戻る。

もう、嫌だね。こんな家。

初音ミク Wiki - 三日月ライダー #atwiki http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/9586.html

 別の世界に答えを求める少女の唄。(作者コメント引用)


「貰ったものに満たされたくない。
 自分の足で歩き続けたい」


 現実逃避・他力本願と言われるかもしれないけど、そこに居たいと思える居場所をみつけたなら、親と引き離す役割を、連れ出してくれる人に頼ったっていいんじゃないかな。 本当に愛してくれる人なら、自己愛からだけじゃなく、あなたの望みを聞いてくれる人になら、頼ってもいいと思うんだ(・v・`)


特定の場所、人の前でのみ話せなくなる。家族は大丈夫だけど学校では声が出ない。

過剰適応について調べた時に出てきたから、浅く知ってたけど・・・辛いよなあ。話したいのに話せない。
自分のわからないところでおかしな適応を、不適応を、過剰適応をしていくのは辛いよなぁ。

しゃべりたいという意思はあるし、しゃべれる要素はいくらでもある。耳は聞こえて声は聞こえる。声は出せるしクチやノドは活動するのに、特定の場所や人物の前では自由が効かないのってどれほど辛いか。


言い訳に使いたいだけなのかもしれないけど、それでも私は、似たような気持ちならわかる・・・。
遊びたいけど出かけられない。断りなしに外に出られない。
着替えて、靴を履いて、扉をあける ただそれだけのことが、自由なときに自由に・・・。

未だにできない私の、決意ってなんなんだろうかと思って少し気持ちが落ち込んだけど、私が私らしくなるために今頑張ってるんだろうーー!!!おばかーーー!!!
凹むな私!!


卒論提出完了致しましたー!

期間が迫り教授が妥協した形のようで、私的には納得のいくできではなかったのですが・・・。

提出した大学に文献が残り、私のように過剰適応してしまいながらも絵を描くことが好きな人が、私の文献の触りだけでも目にして新たに論文を書き起こしてくれたりしたらいいなあ・・・!なんてうっすい希望を抱きながらの次なる課題は就職です(;_;`)


ここでもどうしても親の気に入る職業を伺って見てしまい、行動にすることができない私です(T△T)


志望業種は葬儀関連。

今までの人生経験から、友人が自死したことを引きずってるような姿勢でもあったのですが・・・。

不謹慎でも、葬儀場って素敵なところだと思うんです。

故人の最後の表現、それを見送る人が並みだすることもあり、おつかれさまでしたと笑顔で見送ることもあり、どうして先立ってしまったのといかることあり・・・。

人間のさまざまな感情に溢れ、その場はもう故人への想いしかなくって、その全てが凝縮された空気が、その時は辛いけど、やっぱりあとあとになってから嬉しくなってしまうんです。

私ってやっぱり変なんですかね。


話を戻すと、そんな魅力ある場所に就職したいな、という思いは結婚してパートでついてもいいかな、と思いながら、妥当な職場を選んで・・・・選んでるだけが現状。

行きたいところもないなら、親の都合を聞く・・・・・・親の都合なんて3年間の腰掛で、保険がきくところ。

そしてそこでいい人とやらを見つけて結婚。


そんなの嫌じゃないですか・・・。

どこかの富豪やお偉いさんの政略結婚でもない限り、江戸や明治時代でもないのに一般人がお見合いだなんて。


それを考えてはどこでもいいから就職して、自分のお金を手に入れたら、一人暮らしして自立しなくちゃなぁなんて思って、いるだけorz

また思ってるだけなんですよね・・・。

まあ思ってすらいなかった頃よりましかなぁ、なんて感じもしながら・・・。

これだから変われないんですよね(・_・`)


でも、マイペース。

自己中に人に意見を押しつけるようなペースでも、誰かをひっかけ回すペースでもなく、自分の意思に忠実に。

そんなふうに頑張りたいを思います。



日記?のような記事はここまでで、本日はいい子ちゃんな人へ前向きな曲の紹介。

(あれ?なんだか前にもしたような気がする。・・・でも一押し!ってことで。)




一曲目はSMAPさんの「君は君だよ」

何かに失敗した人物に語りかける歌詞。
誰かの望むようにいきなくていい、誰かの真似なんかをしなくていいといった歌詞に感動してしまいました。

アニメ「姫ちゃんのリボンの」ED主題歌として起用されており、そのころ私はまだ3~6歳でわけもわからなかったけど、それでもこの歌に魅かれるものがあり、大人になって聞いてみれば・・・ああ、忘れられないはずだ、と思いました(・△・;)


二曲目はPAMELAHさんのSPIRIT
テーマは恋愛もの。歌詞の一部に「いい子」という単語が出てくることで私の耳にとまりました。
起用されていたアニメは「地獄先生ぬ~べ~」。こちらもED2でした。
この作品は当時見ていなかったのですがこちらも同様EDの映像だけはしっかり脳内に収められており、調べてみれば納得、といった感じ。

いい子と恋愛・・・恋愛におけるいい子ちゃんがテーマかな、ともおもいつつ、

ジャネット・G. ウォイティツ (著)
(著), Janet G. Woitiz (原著), 新沢 ひろ子 (翻訳) の
「なぜいつも、あなたの恋愛はうまくいかないのか―アダルト・チルドレンの恋愛と結婚の神話」という本から
いい子ちゃんにとって恋愛は難しいものであると知り、この歌が気になってしまい・・・。
この歌では恋愛においてのみですが恋愛以外にも当てはまるところがあるのではないかなと思い、紹介させていただきました。


他者の意思に左右され、自分の意思を抑圧しがちな過剰適応的でいい子ちゃん・いい人たちにどうか聞いていただきたい二曲です。


昔書いた詩?のようなもの。

離人症を抜け出す好機があったみたい。




[ か ら ふ る]

蘇る感覚
現実味を見せ始める景色は
まだ少し白く澱んでいて
それでも確実に感じ取れる
フィルターが蜘蛛の巣で
出来た壁のように薄らいでいて
距離感までも掴めるようになった

人の温もりが欲しい
抱き締めてそしたら
生きてるって無理やりにでも
理解するわ、納得するわ、
この意固地な頭が冴え渡るかもしれない

そんな前兆
この好機を逃さないで
白く澱む景色の向こう
カラフルだと信じたいから

確実な一歩を、そしてもう一歩を
歩み続けていくの

ついに2013年に突入。

4月には新しい居場所が・・・・・!ないorz


自己決定も行動力も金もない私は身動きをせず、このままではニートまっしぐら。

それもこれも全部いいわけですね。


髪型や服装、門限、出かける予定もしっかりチェックされて・・・・・・外出が嫌にもなります。

本当は外に出るのは大好きなのに、その度にいちいち足止めを食らう。

私はもう22歳なのに。なにひとつ自立できてる部分がない。まるでこどものよう。

友人の姉の結婚式に招待されても帰りが遅くなる、友人の葬式は人が来るんだからに髪を巻いていけ?

冬は寒いから出かけないでいい・・・?どういうこなのか。

なぜ自分の行動を全部決められなくてはいけないのか。


そんなことを言っていても仕方がないことなのです。

とりあえず2月中には就職が決まらなければ、友人の3回期にいくことも、来年の居場所もないわけで。

ただいま絶賛追加募集のかかっている企業の中から10~15企業を選出中。

なんとかしなければ、なんとかしなければ。焦りと同時に襲う惨めさ。

まあ惨めさは自業自得なんですけどね。


面接で「今までどこの会社を・・・」「いくつ受けましたか」とか言われた時なんて言えばいいんだろう?


何もどこも受けていない。

友人の死に悲しんでいました? メンタル弱すぎ

母親の過保護と過干渉で? 社会に出る人間が母親が・・・なんて情けないにもほどがあるだろうし。


どうしたらいいんですかね?


あと1~2カ月で就職なんて難しい。

でも頑張らないと。

お金がないことにはこの家を出るわけにもいかないし。


まあ一人暮らしなんて金がもったいないなんて理由でさせてくれないんだろうけどさ。

旅行なり友人宅に泊ったりできるようにはなれるでしょう・・・!


そして自由なオフ会(´▽`*)

夢です。憧れです。

大みそかを家族以外の誰かとわいわい騒ぐのが。


よし、書いてて自分で盛り上がってきた。

やるしかないよね・・・・!(・ω・`;)




はじめは映画なんかより卒論だって思ってたけど、冒頭の設定を見る限り母子関係についてやお家とかプライドとかそういうのが絡んでたからつい親子で見てた。
アニメ好きではない母でもディズニー作品だから見ることができるし何かいい機会になればいいかなって思ってのこと。


見捨てられ不安とかの描写あるかとおもってたら「お母様は私を見捨てたりしなかった」とだけ出てた。

何気ない、ストーリー上の1セリフにすぎないかもしれないけどあれは大きかった。いつだって私はどこかで見捨てられると錯覚したままでいたことに気付いた。反省もした。


なのにうちのオカアサマは見終わった感想が「おもしろかった」、「(映像が)綺麗だったね」、「○○(私)もお母様って呼ばなくちゃ^^」 

 いや、もうわかってたけどね。この人今までの人生で何を学び、何に苦しみ、何に感動して生きてきたんだろう?人間なのだろうかとさえおもってしまった。

 あなた様がお妃であられることをお望みであるのであれば謹んで「お母様」とお呼びいたしましょうか。



 もう腹も立たない。この人はバカなんだ。人としてバカ。絵があって声があって動きがあるものを見て、たかだか22年しか生きてない私でも自分なりではあるけど理解できるものを、あなたは、お母様はお分かりになられないのですね。


 「私は「お母様にはならない」」
 この言葉は「母」という身分にならないということばではなく、あなたの分身のように、あなたと共同体であることを拒絶する、という意思表示であることが誰か一人の人間でいい、たった一人の人の心にでも残ってほしい、そう思います。


お久しぶりです。



近況報告と申しますか、わたくし現在大学4回生でして。

卒業研究として「過剰適応的な人物における描画活動の意義(仮)」の進行中でして。

今になってやっと「毒になる親」という文献を読んでおります。



現在暴力についての項まで来たわけですが、昨晩次の項に出てくる性的な虐待も少し項を捲ってみたら

法的には性交におけるものを、心理学的には性的興奮のためにたらだに触れることを近親相姦というそうで、私が兄から受けていた上に乗っかられて揺すられるとか股間を擦りつけられるとか、胸を揉まれるとか股間を触らされるこというのは・・・・・・書きながらだとよくわかりますね、異常なことだったのかと思います・・・・・・ね、ははは。



親兄弟から言葉の暴力では10歳になる前から貶しや冗談とも取り難い冗談から、兄からは性的な暴力を・・・・・・というには未だ言いすぎなのでは、と思いながらも、私はこの家から逃げ出すための要素を持ち合わせていたのかと思えば気持ちが楽になったのと共になんだか複雑な気分です。


まあこんなことは不特定多数の人にでもないと言えないってのは本当、当事者は自分の胸の内に秘めることしかできないということを痛感しております。

こんなこと彼氏に言ったら今ある生活がどんな風に崩れていくのか・・・・・・。

その想像する世界がとても恐ろしくて。


何より普段何もない時は本当に幸せで、笑い声しかなくて、本当に傍からみれば大切に育てられていて・・・・・・。

親孝行はしなくちゃいけないものなのかな?とか思ってしまうのです。



先日高校生の友人に言われました。

秘書検定を無理やり受けさせられる私と、「「クズだろうがなんだろうがここまで育ててくれた親に少しでも恩返しするため」だけに臨んで検定を受けたいと思うのですよ」と。


私は望んで受けるか受けないかの話をしていたのですが、彼女は親のために受けるという意思を「私が自ら検定を受けると?受けなければ服だって出かけにだってお金を使えるのに」といい捲し立ててきました。

彼女もまたどこかで自分の意思と親の望みを混合しているのではないかな、と感じて翌日には私も落ち着くことができました。



実は言われたその時は「あぁ、私はなんて酷い「子供」なのだろう」、「お金を出してもらって生活面を全て見てもらってるのに」、「クズすぎて何も言えない、そして改善しない私など死んでしまえばいいのに」と随分と憂鬱になりました。

友人の月命日のこともあってネガティブな思考は留まるところを知りません。


それでもなんとか休憩をはさみつつ文献を読み進めていく中で少し、親兄弟からの待遇で私はここにいなくてもいいのだなと思い、今はこうして文字をおこすことができています。



親への高校や就職活動(していない状態で。親も卒業後3年ほどアルバイトででも社会経験を積めばいいとのことで甘えてる状態)よりもまずは先に親との精神的な分離を図ることが第一条件なのではないだろうかと思い、マイペースに、あくまでマイペースに。

私と母は別個の存在であり、私がすることに親は何も言えないのだという思考をしっかり持ちたいなと思っています。



難しいことだと思います。

とにかくこの環境を抜け出して新しい環境で自信をつけることから始めなくては進めないのではないかとさえ思います。

それでも、新しい環境に身を投じるには・・・・・・彼氏さんよ、私を生活面で安心させてくれなきゃ投じることができません!とわがままを思ってみたり。


結局締めは惚気なんですね、そろそろ黙ります(笑)



それではまた。



長らく動きがありませんでした私は今まで何をしていたのかというと

就職活動や交際中の彼とのことで悶々とする日々でした;;;

これといって何か行動したわけではなく考えるばかりの日々でしたが

ある意味で俗に言うリア充音譜していました、ということですw



で、書き込みに来たということはそれなりに理由があって・・・なのです。

昨日、付き合いもそこそこに趣味の合う友人が意外にも近しい環境にあり、

なかなか厳しい親の元で暮らし、鬱やパニックを起こすようになったという人物だったということを知り、

二人話し合って急激に仲良くなったわけでして。


「普通」の基準なんてわからない曖昧なものだし、普通の人なんてこの世に居はしないと私は思うのですが

それでも「普通じゃない」ことを言い訳にしないで「普通じゃない」からこその生き方をしよう、「普通じゃない」ならそれ相応の対処をしていけばいいよねという話になり心満たされました。


傷の舐め合いに見えるかもしれないですがやはり同じ体験をする者同士語り合うのって悪いものじゃないですね。


ACや母子癒着、共依存的で言いなりに生きてきた人の生き辛さは事実。

ただの生きる手段のみで生きてきて、毎日が知らず緊張感の中に居て・・・・・・。

自立して生活する力が足りなくてできないものは当然。

それなら無理やりに大きな目標を立てず小さな目標を積み重ねて、できることから頑張っていこうと思えるようになりました。


これもまた私を受け入れて話を聞いてくれる人の存在が現れたおかげですね!

まあ、彼氏のことなんですけどラブラブ (←結局惚気たいだけ (笑)

私なんかを選んでくれた彼に感謝です。未だに人間不信が顔を覗かせますが、彼のことはきっと愛しい、のだと思います。


でも恋愛なんてくそくらえな人間だったのに

彼氏のおかげで少しは人間を信じられるようになった方だと思います。




――――――以下昨日から今朝にかけてのツイッターより抜粋。


自分の意思や決断ができて思考も手にした、形式や枠組みに捕われず柔軟な考えができ始めた。

あとは行動。大きすぎる目標じゃなくて、くだらなくても小さな目標のできることから頑張ろう。


自分の訴えを聴いて応えてくれる、大好きな人が出来るってほんとに素敵だ、それだけで物凄い早さで成長する

やっと私になれた、私だけの、思うままの自分。私の人生だ、私のもの…



「人は自分の思い通りにはならないって知らないのかな(^ω^ ) 」
この意見そっくり使わせていただきたい。加えて誰もかもが自分と同じ気持ち、感覚でいる…と押し付ける そんなのは思いやりじゃないんだよ


そういえば今までできた親友(笑)は皆勝手な奴で 自分の思い通りにならないと強引に押し付けたり自分と同じじゃないと鼻で笑ったり最低なやつばっか

でも行動の指針を決める人を選んで楽したり利用したりしてた自分がクズだったわけで

見捨てられ恐怖がどうのじゃなく縁切れてよかったのかも、と思える 。


結局今もリアルで仲いいのって対人がうまくいかなくなる思春期前までに知り合った子ばかりだ。 あのときは誰も皆平等だった

だから私が妙にガキ臭いままなのは思春期前で色々止まってるからなのか 早く動かなければ


ただ中学で知り合った+仲良くなった2人は行動の指針を決める力はあるがちゃんと人の意見を聞いてくれる子と行動力はあるけど謙遜気味な子だったな。 今でも仲いいし見習わねば。

――――――――――――

bgm:chAngE (miwa)

 私にとっての「あなた」は母でした。

 オススメの一曲です。みなさんもお時間ございましたらどうぞ。



皆さん、良い恋愛をしてください。

あなただけだと愛してくれる人を、あなたを受け入れてくれる素敵なパートナーを見つけてください。



それでは今回はこれにて。




みなさんはじめまして、みな藻と申します。


名前の由来は海が好き!月が好き!

ということで過去に名乗っていた「月」に関連する名前とと海に関連する「波打ち際」という名前から

波打ち際よりは外の世界に目を向けられるようになったのではないか?

揺ら揺らしながらも進む意思がでたんじゃないだろうか!ということで「水面」

あえてのひらがな表記と、とある海賊漫画にでてくる藻な剣士からw


・・・とまあ、名前の由来は置いておいてですね!


私の成育歴でも記載しておきましょうかね(=ω=*)


1990年 5月17日 夕方頃 第二子・長女として一人っ子の父と姉妹の長女として育った母の元に誕生

1991年 秋 耳から入った菌が脳に入り、化膿性髄膜炎にかかり1年近くの入院

1992・3年 軽度離人症の自覚「今目の前に居る人はそっと振り向けばハリボテなのでは?絵なのでは?」(当時の感覚を現在の言葉に変換してあります)

1994年 気管が弱いながらも友達ができ、外ではしゃぎまわる明朗活発な子として過ごす

1995年 塾かピアノのどちらかの希望をとられ計算は無理なので嫌々ながらピアノ見学会へ私の意思を無視してピアノを習わせれる

(この時から私の意思はなくなっていったみたいですorz)

1996年 門限を5時に設定・・・中学まで(寄り道なんて以ての外)

現役で中高大に入学


門限のなくなった今時間割通り、電車の乗ってる時間が違うだけで出かけていた、友人と絡んで「アブナイコト」をしていたのではとキレられる日々を送っております。