はじめまして。
おさむといいます。

二十代中盤の社会人で、
ふつーのサラリーマンやってます。

日々の何気ない日常をどちらかといえば内向きに発信できたらなあと思っています。

インスタ全盛の世において、
アメブロを始めるとはどういった心境の変化なんだろう。

正確には始めるというよりは再開する、が正しいのだけども。。。

簡単に自己紹介を、と書いたところで
簡潔に文をまとめるのは業務中のメールだけで十分なので
たらたらと書きます。

東京出身東京育ち、
人並みな家庭に生まれ、育てられ、
人並みな大学へ進学し、
人並みな企業で働いています。

個人的な趣味嗜好はあるものの、
大きな枠で語れば何も特徴があるわけではないです。

大学進学や就職してるだけで人並みじゃないのでは?
って言う人もいるかもしれないけど、
少なくとも今まで関わりを持って来た人は僕と同じようなステップを踏んで来ているから、
とりあえず人並みって言葉を使ってます。

SNSはそれこそツイッターやインスタなど、
流行りや仲間内の流れに遅れないようにアプリだけインストールして、
基本的には閲覧側に回っています。

大学のうちは、それこそ人生の夏休みとはよく言ったもので、
時間を持て余していたから自らを発信することもあったけど、
社会人になったら携帯は通勤や業務の途中で見るくらい、
ニュースを見たり、LINEの返信に充てたりするものだから、
自分とは何者であるかを対外的に発信できないでいる。

どうなんだろ?
こういう日常を同世代の人も繰り返しているのだろうか???
というか世の社会人てこんな感じ???

ふと疑問に思うわけです。

別に毎日が同じことの繰り返しではないし、
飲み会や合コンだってふつーにあるし、
表面上かもしれないけど、楽しく過ごせている。

なのに満足感が得られない。

何でだろう?

別にこういう状態だからって宗教系に流れるわけでも、
嫌でも目に入ってくる配色の、「これで私は成功した」の類の本を手に取るわけでもない。

ただ、自分を発するという行動が極端に昔と比べて減ってしまったから、
何か生活にメリハリを感じられないでいる。

インスタやツイッターは便利なことに、
登録すれば電話帳と自動で同期されるから、
いちいち友達を探さなくて済む。

1週間もあれば20何年生きてきた間の知り合いは大抵見つけることができ、
お互いがどのような生活を過ごしているのかは小さな画面で瞬時に確認できる。

そんな場で自らを発信してもいいんだけど、
いちいちハッシュタグをつけたり、
文字を極力コンパクトにしようという一手間や、
個人の趣味を改めて気心の知れた人たちに伝えるのはなんか恥ずかしいと思ってしまった。

ブログだったら、
こうやって思ったことをそのままに書けるし、
たまに書く趣味なんかもちょっと熱めに書けたりするのかな?

冒頭で再開と書いたのは、
10年前にまだガラケーの割合が多かった時に、
アメブロをやっていて、
その時の内容を見返すとめちゃくちゃドス黒い歴史が記されていて、
直視するには相当な覚悟が必要なんだけど、
どこか自由に、縛りのない文面が当時の思いそのままに書かれているから、
今の僕にはそれさえ羨ましく感じてしまい、
10年ぶりにブログを書いてみようというわけです。

ユーチューバーみたいに毎日更新するわけでもないけど、
記す文字にフィルターはかけず、
書き連ねてみようと思います。

週一くらいのペースなら書けるかな?

よろしくお願いします!!