「感性」って言葉がかなり嫌いだった時期があります。
「感性」って一人一人違うし、一人一人絶対に持ってるものなので「感性が無い」という言葉は表現としておかしいかもしれませんね。
・・・・とは思うんですが、
「感性が無い」
って言われると凹みます。
仮にも一生「表現」に携わっていきたいと思ってる人間なので、その言葉は致命傷です。
昔、ボイトレに3年ほど通ってたんですが、そこのボイトレのレッスンはちょっと特殊でした。
普通ボイトレって「声を出す」ところから始まると思いませんか?
そこのレッスンは立ち方、身体の力を抜くこと、正しい重心をとること。
そんなところから始まります。
自分の呼吸をとことん感じ、その呼吸を安定して出し、さらにそこに音を乗せる・・・。
ヨガとかにちょっと近いかも。格闘技にも通じるものがありそうです。余談ですが、弟から中国拳法の話を聞いたときに、あぁ、芝居の呼吸も一緒だなぁ。と思いました。
その、身体と呼吸に向き合うところから始まるボイトレなんですが、そこの先生が、まぁ、口が悪かったww
いや、できればいいんですけどね、私が。
この「呼吸に音を乗せる」のが本当に難しいんです。
今でも多分できてないです。・・・というか、大半の小劇場の役者は多分できてないです・・・。どうしても台詞に壁ができちゃって相手に届かないんですよね・・・。
でも、時々しれっとできちゃう人が居るんですよね・・・。
最初からできてたり、少しの努力でできたり・・・・。
そういう時に
「あぁ・・・、感性のいい人って居るんだな・・・」
と思ってなんとも言えない虚無感を何度も味わいました・・・。
私が生で見た中では黒木メイサさんは天才・・・少なくとも「感性のいい」方でした。
と言ってもメイサさんがまだここまでヒットする前につかこうへい劇団の芝居を観たってことなんですが、その時ヒロインをやってたのがメイサさんでした。当時まだ14とか15くらいだったと思いますが、息が流れた台詞だったんですよね~。
しかも華もある。そして可愛い。
もちろんご本人も物凄く努力されていると思いますが、「華」って努力じゃいかんともしがたい部分ですしね・・・。
そういう圧倒的な才能に感性に出会うと
「あぁ・・・・・・」
ってなります。
「努力すれば叶う」なんて幻想だよ。と思ったりします。・・・が、「努力しないと叶わない」のもまた真だし、今、世の中で表現の世界で御飯食べてる人はほとんどが「努力の人」だ、多分。
と思うことで何とかやってます。
・・・・・が、自分の「感性」が信じられない時もあります。
「感性が無い」って言われれば確かに良くはないよなぁ。と思うし、本の記事もいっちょまえに★つけてるけど、これ、私は面白いけど、他の人は面白いと思ってくれるかな??
と思うこともあるし、(まぁ、ブログの★に関しては完璧主観でつけてるので、合わないなら合わないでしょうがないんですが・・・)私は「いまいち」と思ったけど、それがめちゃめちゃ面白い!と思う人もいるから逆に面白いんですけどね。
その分、自分が面白いと思ったものを人が面白いって言ってくれると嬉しいし、ちょっとホッとします。
あぁ、まだ大丈夫だって。
多くの人が「面白い」っていう作品は確かにあって、その面白さってどこに由来するんだろう??
自分が面白いと思った作品の面白い部分や「う~ん・・・」と思った作品のひっかかった部分はなるべく言葉にして考えるようにしてますが、自分の書いたものだとその目も上手くはたらかないですしね・・・。
だって自分は面白いと思って書いてるんですもん。
だから作家さんて凄いし、怖いだろうなぁ・・・と思います。
「これは本当に面白いんだろうか?」と「いや、面白いはずだ」が交互に襲ってくる・・・・。
作家のみならず、画家も音楽もそうだと思いますが、「創作活動」って精神的にMの人がやるんじゃないか・・・とすら思うw
うん、つまり、今私が書いてる脚本は面白いのか??っていうハナシ・・・・。
最初の話とだいぶずれたな・・・。
少なくとも自分に人並みの感性はあると信じよう。