ツイッターの意義は

顔の見えるメディアでは

ポリコレで

カマトトで言えなかった

等身大の人間、

半分理性半分獣性の

後者による人間の脆さ、限界を

言えた、サイレントマジョリティの可視化があった。

ある種の個人の自由の解放があった。

 

でも、今度はその庶民性の幅からズレることが許されなくなる。

・意識高い系

・イキっている

・お前の中ではそうだよなお前の中ではな

等々、アオりを入れられると。

ツイッターで得たアンチポリコレが、

返ってその界隈のポリコレになってしまう。

新たな同調圧力、共産主義だと。

 

ツイッターの良さは140字の字数制限から

かえって取り留めのないことをサラッとつぶやけることだったんだけど、

それが匿名性とタイムラインとの悪魔調合で

ブログでできていた自分の世界の構築が難しい。

観客ゼロでも大見得を切れるのがブログであり

ドン引きでも義理でいいね!されたりするのがフェイスブックだったんだが、

ツイッターは一言でもいいことがかえって

タイムラインの話題に沿うのが望ましい感覚に襲われやすい。

 

結局フェイスブックも、ツイッターも

あるべきパフォーマンスが限定されて

そこに「ロマン」がない。

 

下手に生なロマン吹けば

でてくるのが「事情通」ね。

なんJ風あおりいれて

ハード知識入れたと思えば

2割くらい2次元幼女エロ画像ツイートをリツイートしてくる

オタク垢から、そいつらが往々

頼みとする実名の大学教員や

それにおとらない匿名のガチ垢に至るまで

が専門知識で正論から重箱スミまで

使って突っ込んでくるのですよ。

 

そんなアンチ界隈でもオタク界隈でも

教祖格みたいのがいて、

リツイートされる対象に足る

うまいこと、的確なことを

しっかり言っているんだけど、

追随者や信者の多さのうざさからか

往々、そうした教祖は

天邪鬼で一見その教義に沿いそうな

事象を逆に教理の掘り下げた位置から批判したり、

或いは逆のパターンもしたり。

教祖であるがゆえに期待を裏切る戦術、

逆張りも必要なのかもしれないけれど。

 

そんなふうに振り回されながら

教祖、或いは所謂アルファ垢に

キャッチアップしたり信奉したりする

シンパや信者がいるけれど、

 

教祖やアルファも中身はそんな信者たちと同じく

しがない一匹の霊長類ヒト科個体なので

自分に都合のいい信者やアンチ(たたきやすい)を

リツイートするんですな。極めつけはオフ会で信者固めなり

あるいはDMfで「パコ」ったりと。

 

ツイッターでアルファや教祖の垢、

ブラック企業たたきとか似非リベラルたたいてる

国家社会主義か共産主義の権化みたいだけど、

そんな労働者に「寄り添う」ツイートで

万超えのフォロワー数を獲得し、

リツイート何千何万ごろごろ稼ぎ、

その「資本」の威光で

中小粒のフォロワーを顎で使ったり、

アカウント同士の格付けしあったり(オフ会が典型)

シャバの資本家まるだしの振る舞いなのな。

グローボー資本主義への呪詛で

ツイッターで成り上がったアカウントなのに。

 

まあたかがツイッターにそんなガチになって無粋だな、

と言われればそれまでだけど、

そんなカストリな場だからこそ

弱い民草も新天地を運よく得ればシャバで

自分を傷つけてきた憎き奴らとそっくりになるのを目の当たりにできるのだと。

 

ツイッターは5年くらいやってきて

自分のアカウントのしょぼさも分かったし

どのアカウントも大体いうネタやパターンは一巡する。

そんな折にちょっと上記の点がこみあげてきたんですな。

色あせてきたと。