由海子は甘い香りに包まれ、真っ白な明るい光の中にいた。
由海子は眼を閉じたまま心地よいまどろみの中にいた。
由海子は生まれたままの姿で奇麗に装飾され、飾られていたのだった・・・。
大勢の人の眼にさらされながら・・・

街にはクリスマスイルミネーションが溢れていた。
その特製クリスマスケーキはある大きな洋菓子店のショーウィンドゥに飾ってあった。
等身大の女性を象ったケーキだった。ケーキのPOPには最新の産業用機械で
生身の女性をスキャンして精密につくられたケーキで出来たフィギュアである旨の説明があった。
その説明を読まないと本物としか思えないほどの見事な出来映えだった
そのフィギュアケーキは45度位に傾斜した台座の上に寝かされていた。ケーキというよりは、まさにフィギュアに近いだろう。
クリスマスケーキにありがちなお決まりの装飾ではなく、ただ普通に女性がメイクをしたようなしあがりで、クリームでギリシャ彫刻が着ているような薄い着衣が形づくられているのである。その着衣と髪が風に吹かれているかのようにディスプレイされている。殆ど全裸に近いが、彫刻のように美しかった。胸に飾っている薔薇の花も食べられる造花らしい。宝石に見立てた苺がなかったら、誰もケーキだとは思わないだろう。

由海子はそのケーキのモデルのバイトを引き受けていた。全裸で機械にスキャンされているのは恥ずかしかったが、完成品をみるとそんな気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。
「綺麗、これが本当に私?!」
茶髪でママさんバレーに汗を流している普段の由海子とはまるで別人のようだった。事実、バレーの試合に行く途中、一度そのショーウィンドウの前を通ったが、仲間は誰もモデルが隣にいる由海子だとは気がつかなかった。ただチームの初老の監督がショーウィンドウをいつまでも眺めていたのが気になった。

「なんか由海公に似てるな」とつぶやいて 振り返った瞬間、監督と由海子の眼が合った。

(ばれたかもしれない)由海子はそう思うと身体が熱くなるのを感じた。
ママさんバレーの仲間たちとあるイベントに参加することになったとき、珍しく監督も一緒に行くことになったのはモデルが由海子だと判ったからかもしれない。
そのイベントとは、由海子のフィギュアケーキを制作した洋菓子店が企画したケーキの試食イベントのことである。
アトラクションで このフィギュアケーキをその場で解体して参加者に配布するのである。
すこしでも大勢の人に配布するため、わざわざケーキを冷凍鮪のように凍らせて輪切りにして配布するのである。
たとえケーキであっても自分と同じ形のモノが監督に食べられると思うと由海子は興奮した。

丁度そんなときだった、その洋菓子店から緊急の連絡が入ったのは。
イベント試食用で保管してあったもう一体のフィギュアケーキが事故で転倒してしまったのである。
今からもう一体制作するのは時間的に無理なのことは明らかだった。
そこで、今 展示してあるケーキを急遽試食にまわし、新たに当日の展示用ケーキを制作することになったのである。

洋菓子店からの依頼は、由海子に展示用ケーキの下地になって欲しいというのである。
今は医療用に人間を一時的に冬眠状態に出来る薬があるので何も心配いらないということだった。
その時、由海子の脳裏に監督の顔が浮かんだ

由海子は展示用ケーキになることを承諾した。丁度 夫は長期出張中で子供も冬休みで実家に遊びに行っている。
由海子にはある決意があった。
当日は前の日から断食して、身体を時間を掛けてよく洗った。

厨房に入ると早速、冬眠薬の注射を受けた。薬が効いてくる迄の間、由海子はもう一人の自分を見ていた。
それは昼間まで展示されていたフィギュアケーキだった。このケーキの装飾を見ながら、パティシエが由海子をそっくりに飾りつけるのである。
パティシエが所用で厨房から出た隙に由海子はケーキの載ったワゴンの名札を自分のと差し替えてみた

ちょっとした悪戯心だった。
(まさか気がつかない訳 ないよね)そう由海子が思った瞬間だった。不意に強い眠気が由海子を襲った。
(やだ 私 もう冬眠しちゃうんだ・・・名札を戻さなきゃ・・・)
薄れゆく意識の中で由海子は必死に身体を動かそうとした。しかし身体は痺れたように動かない。
全裸のはずなのに身体がポカポカと暖かいような気がする。
(凍死するときってこんなかな?・・・まだ眠っちゃだめ・・・名札を戻さなきゃ・・・本当に食べられちゃう・・・)
また監督の顔が脳裏に浮かんだ。由海子の眼から一筋の涙が零れた。


パティシエが厨房に戻ったときには 由海子は完全に眠ってしまっていた。
冬眠中の動物によっては体温が10度位まで下がるという。パティシエは由海子の体温が充分に下がるまで 下拵えを由海子に施した。
パティシエは女性で元美容
師だった。だからこそ、由海子が安心して身体を任せたのである。彼女は由海子の全身にメイクを施すように入念に下拵えした。
陰毛はもとより、体毛は綺麗に剃られ肌にクリームを塗り込んでいったのである。甘い香りが厨房にたちこめた。

下拵えの終った由海子はまるで真っ白な彫像のようになった。由海子は元々目鼻立ちが整っていた。
しかも、バレーボールをやっているので体形も均整がとれている。だからメイクを施して加工するには、うってつけの素材といえた。
真っ白な肌の由海子はまさに生きているような彫像になった。
美術館に展示しても、違和感はないだろう。


やっていることは化粧だが厨房の中はケーキのクリームの甘い匂いで充満していた。上塗りを施された由海子はクリームでギリシャ彫刻の女神のような薄布を纏わされた。
次第にケーキになっていく由海子・・・お菓子の薔薇の花や苺で飾りつけられ、展示品と瓜二つのケーキに仕上がっていくのであった。

パティシエの必死の作業が終ったのはもう午前0時を廻った頃だった。

全身全霊の力を注いだパティシエは疲労のあまりそのままスタッフに後を任せて帰宅してしまった。

依頼されたスタッフは名札が入れ替わっていることに全く気がつかないまま、由海子と試食用フィギュアを別々の保管場所にワゴンに載せたまま移動した。
展示用ケーキ(由海子)はクリームが融けないようにウォークインタイプの冷蔵庫でチルド保存された。
展示されていたフィギュアケーキはお土産用試食に加工するために氷点下40度以下の冷凍庫に入れて凍らせる・・・はずだった。
しかしスタッフはワゴンの名札しか見ていなかった。
名札なしではケーキと由海子の区別が出来ないほど、由海子ケーキの出来は良すぎたのである。

由海子は誰にも気がつかれないまま、食肉を保存する冷凍庫の中に運びこまれた。

由海子は全裸でマイナス40度の冷凍庫の中で、一晩過すことになってしまったのであった。


翌日の夕方、由海子のバレーボールの仲間たちは監督と共に あのケーキイベントの会場に来ていた。
「由海公はどうしたんだ?」と監督がチームメイトに尋ねた。
「由海ちゃん、昨日から携帯かけても繋がらないんですよね」
「無断で休むような子じゃないんだけど、なんどうしちゃったんだろうねぇ?」
皆は口々に不思議がった。
「でもこんなに美味しいケーキを食べ損なうなんて、きっと由海ちゃん 後で悔しがる
よ」
皆は笑いながら展示品のフィギュアケーキを見た。

監督はなんだかこの会場に由海子がいるような気がしてならなかった。
あのショーウィンドウでみたフィギュアケーキのモデルは由海子ではなかったかと思っていた。
誰にも言っていないが、あの時の由海子の表情から判断するとそうとしか思えない。バレーボールを
教えているうちに監督は由海子の性格をよく把握するようになっていたからである。教え子の中でも特に目を掛けている可愛い存在でもあった。部下の妻に妙な感情を抱いてはいけないと思って自分を抑えてはいるものの、指導を通して由海子の身体を至近距離から見慣れている。顔も勿論だが、由海子の腕の太さからふくらはぎや太ももの曲線までも熟知しているつもりだった。
監督は至近距離で展示用ケーキを眺めながら、このモデルはやっぱり由海子だと確信していた。

イベント会場の中央に人が集まり始めた。いよいよフィギュアケーキの解体が始まるのである。
白い冷気が立ち上る中、冷凍マグロのようになったケーキを脚先からCTスキャンの輪切り画像のように
輪切りにするのである。

巨大な鋸が由海子ケーキの足先にあてられた。
鈍い音を立てながら、鋸は由海子の足先を切断した。
すね、ひざ、太ももと5cm位ずつ輪切りにされた由海子は、手際よく保冷材の入った箱に詰められ、引換券を持った参加者に渡されていく。
監督はチームの教え子から強引に引換券をもぎ取ると、列に並んだ。
監督の順番に廻ってきた頃はもう胸のあたりまで輪切りにされていた。

「いいところが当たりましたね」
イベントの係員から乳房の付近の輪切りを渡された監督はそれを見て驚愕した。
それはケーキであって、ケーキではなかった。

イベントは即刻中止され、輪切りになった由海子の身体の回収作業が始まった。しかし、由海子の半分以上のパーツは戻ってはこなかったのであった。



睡眠薬のおかげで、ぐっすりと眠った沙織は、まだ眠気の残る頭をゆっくりと巡らせた。

昨日、外来で訪れた病院で、検査中に吐血し、緊急入院してしまったのだ。
あまりの急な展開に、沙織は呆然としていた。

沙織はここ数ケ月、友人と恋人との関係に悩んでいた。
胃が痛いのもそのためだと思っていたのだが、まさか吐血するほどに胃潰瘍が進行していたとは思いもしなかった。


(手術が終わったら、ちゃんと説明しよう。
みさきならきっとわかってくれるはずだから…)
そもそも喧嘩の原因はささいなことだった。
ただそれに男女の関係するトラブルが入り込んでしまったのだ。
みさきの恋人は沙織とみさきを二股かけていたのである。
でもみさきはそうは思っていない。沙織が強引に奪ったと思い込んでいるのだ。


「時間ですよ」
看護師が2人、沙織の病室に入って来た。
ひとりはごく普通の看護師だったが、もう一人は分厚い眼鏡をかけて大きなマスクをしている。
(どこかで見た顔…誰?)
朝、別の看護師に言われた時間よりも早い気がしたが、沙織は指示に従い着衣を脱いだ。
全裸になると、看護師が持ってきた術衣に袖を通した。
分厚い眼鏡の看護師は一言も言葉を発しないで、ベッドまわりで何かを外している。

沙織はベッドごと、病室から運びだされた。
天井のトラバーチン模様を眺めながら、沙織は搬送されていく。
不安で心臓が激しく脈打っている。
そのままエレベーターに乗せられ、四階の手術室に運ばれた。
沙織はさっきの看護師を見た時から、何かわからない不安に襲われていた。

手術室の中で、手術用ストレッチャーから狭い手術台に乗り換えさせられる。
いよいよかと沙織の心臓は激しく脈打っている。

「手術台に移動して」
動ける患者は、ストレッチャーから体の幅程度しかない手術台に自力で移動する。
点滴を腕に射したまま、沙織は全裸の体を腰から移した。
覆布をしいてあっても、やはり臀部が冷たい。
沙織はいよいよ手術だという諦め感と、今すぐこの場から逃げ出したいという気持ちが入り交じっていた。
しかし看護師たちは容赦なかった。
たちまちのうちに沙織は手術台に寝かされ、腕は横にひろげられ、磔のような姿勢で横たわっていた。

「ヒヤッとしますよ」
心電図の端子が沙織の胸、左右の鎖骨の下に、手際よく貼り付けられる。
洗濯バサミのようなものが沙織の指を挟んだ。
血中の酸素濃度を測るパルスオキシメーターが沙織の指先に取り付けられたのだ。
「腕に巻きます」
血圧計が腕に巻かれ、麻酔の深さを測るビスモニター等が手早く沙織の身体に装着された。

沙織の口にマスクが軽くあてがわれた。
「マスクから酸素が出ていますから深呼吸して下さい、苦しくないですか?…これから麻酔、はじめますから…」
「チオペンタール200mg、スキサメトニウム50mg静注」
点滴に接続された注射器がぐくっと押された。
沙織の静脈に麻酔が注入された。

「新田さん…だんだん眠くなりますよ…」

酸素マスクの下で、
「お願いします…」と言い掛けて、沙織は我が耳を疑った。
(何?、今…新田さんって言わなかった?)

沙織の視野に、動いた人影が映った…あの看護師がいた。
その看護師はゆっくりと眼鏡を外した。
マスクがあるから、はっきりと顔はわからない。
しかしあの目には、見覚えがあった。
(みさき?)

(ま、待って! 麻酔かけるの…私、新田じゃない…殺される…助け…て…)
注入された静脈麻酔剤の効果で、瞬時に沙織の意識は途絶えた。

沙織の叫びは誰の耳にも届かなかった。


ぐったりとした沙織の体に医師と看護師たちが集まった。

先ほど、厚い眼鏡を外した看護師が笑みを浮かべながら、沙織の頬を指先でつついた。
「寝た?」
「ハイ」
「それじゃベクロニウム入ります」
沙織に意識がない事を確認されると、筋弛緩剤が投与された。

間もなく沙織の自発呼吸が停止した。
「換気出来る?マスクちゃんと持って」
「ハイ、挿菅します」
沙織の口をこじ開け、喉に太い菅が入れられる。
「先生、見えますか?」
「もう少し…見えた!」
「よしっ!…スタイレット抜いて」
「はいっ!」
「カフにエアー10cc注入」
「オッケー、ちゃんと入ってる」
沙織の口から出た菅は人工呼吸器につながり、ガス麻酔のスイッチが入れられた。

術者が指先で沙織の睫毛を弾いた。
「しょうもう反射消失」
沙織の瞳は瞳孔確認された後、シールで閉じられた。
更に沙織の股間を覆っているシーツがめくり上げられる。
沙織が他人に一番見られたくない黒々とした茂みが手術台の強い照明に浮かび上がった。
術者が沙織の割れ目に沿って指先を這わせていく。
しかし麻酔が効いている沙織はぴくりとも動かない。
手術中の尿を速やかに体外に放出させるための導尿のための管を沙織の体内に差し込むのである。
沙織の尿道に透明な導管がゆっくりと差し込まれた。
尿が流れる導管は沙織の太ももにテーピングされ、ベッドの下に流されるのだ。

沙織の手足は手術台にベルトでしっかりと固定された。

これより新田香織の子宮筋腫の摘出手術を行います」



はるか遠くから、声が聞こえてきた。
ぼんやりとしていて、何を言っているのかよくわからない。
「はりいと」
(はり…いと…?)

「けっさつ」
(何…?)

「いと。もういっぽん」
(また?)

「けっさつ」
(わからない…)

「はさみ」
(え…何か切るの?)

「しけつはいいな」
(しけつ?…しつけ?)

「あ、そこ。しゅっけつ」
(え、出血?)

「こっへる」
「いと」
「けっさつ」

ぶちっという鈍い音とともに沙織の腰のあたりが揺れた。

沙織の上で、誰かが会話しながら作業をしている。
時々、体が揺れるような気がする。
(そうだ…今は手術中なんだ…でも、どうして意識があるの?)

目蓋はあかない。何かテープのようなものが貼られている感じだ。睫毛は細かく震えるものの、どうしても開かない。

(あっ…指が少し動く…もう少しだ…)

沙織は強力な鎮痛剤のおかげで、痛みは全く感じていなかった。筋弛緩剤で体の筋肉は全て収縮力を奪われていたため、どの部位も全く動かなかった。
もちろん呼吸筋も動かないから、自力で呼吸は出来ない。気管内挿管されたチューブを通して、麻酔器によって人工的に規則正しい呼吸を施されていた。
目蓋はしっかりテープで留められており、開きようがなかった。目蓋を動かす筋肉すら収縮力を奪われていた。





無影灯の光線をメスの刃が冷たく跳ね返した。
沙織の臍の下から、恥骨に向かって一気に引き下ろされたメスの刃によって、皮膚が二つに割れた。
沙織の白い肌に血が滲んだ。

「電気メス」
いく条もの白煙を上げ、かすかにジジジ、ジュウという肉の焼ける音と香ばしい匂いを漂わせながら、沙織の皮下組織が切り開かれた。
「あっ」
血が噴き上がった
「コッヘル」
「もう一本」
「結紮」
差し出した手に糸が渡された。
「いいか…はずすぞ」
コッヘルが取りのぞかれた。結紮糸に力がかかる。

「どうだ?」
「まだ出ています」
「もう一度、コッヘル」
コッヘルで挟まれたことによって、出血が止まった。
「針糸」
「はい結紮」
「糸、もう一本」
「結紮」
「はさみ」
「いいだろう」
切断された沙織の小動脈は結紮止血され、再び電気メスが進む。
また出血があった。

「あ、そこ。出血」
「コッヘル」
「糸」
「結紮」
指先でぶちっと強い音がして糸が切れた。

「馬鹿者。どんな力を入れれば、この糸が切れるんだ」
「すみません。糸、もう一本」
「今度は切るなよ」
「はい」
「はさみ」

沙織の皮膚組織、筋組織の下から、腹膜が現れた。
薄い半透明の膜の下から小腸・大腸の一部が見える。
恥骨側に見える膀胱を腹膜の上から術者が指先で押す。
弾力のある膀胱の背後に僅かに子宮が見えた。

「子宮がみえた、いよいよ摘出だな」

(え、子宮…私、子宮はなんともないよ!)

「攝子」
「メス」

(やめて!私、子宮の病気じゃないんだよ!)
沙織の必死の叫びも声にならない。

沙織の腹膜にメスで小さな穴が開けられた。たちまち腹腔内に空気が入り、腸が下に落ち込んでいく
。
「はさみ」
術者がはさみを手に取り、空いた穴に差し入れると、ジョキジョキと頭側へ切り進めた。10cmほど腹膜が切り開かれた。
今度ははさみの方向を180度転換して、尾側に10cm腹が開いた。
ジョキジョキと沙織の腹膜を切り開く音が、沙織の体内から直接伝わってくる。

(やめて~!助けて~!)沙織の目から涙が溢れた。
「よし。ミックリッツ」
「ミックリッツ」
大型のミックリッツ鉗子が、筋膜と腹膜を同時に、左右何か所かで挟み込んだ。
「開創器」
術者の手は渡された開創器をいま開いた腹壁にあてがい、力を込めて左右に開いた。ぐいぐいと力を入れる度、沙織の体が左右に揺れた。
(やめて…、やめて…)
沙織の叫び声が声にならない。

大きく開かれた沙織の腹腔が医師たちの目に入った。
「腹腔内の検索だ」
術者の冷たい腕が、沙織の生暖かな腹腔内に差し込まれた。

痛みは感じないが、何かが沙織の中に入ってきた違和感を覚えた。

クチャクチャいう音が体内から直接聞こえる。
(やめて…助けて~)


術者が沙織の腹腔から、子宮を摘んで引っ張った。
沙織の腰が一瞬、軽くなった。
(いゃぁ~ やめてぇ~!)

渾身の力を込めた沙織の叫びは誰の耳にも届かなかった。

術者が子宮の最上部を2つの牽引で掴んで引っ張り上げて支えた。
こうすると子宮が沙織の体から持ち上がった状態になる。
骨盤腔に繋がっている子宮の両側には、卵管と卵巣を包む子宮広間膜(靱帯)と呼ばれ
る板状の繊維組織と、子宮を支える子宮円靱帯が見えた。
術者は沙織の子宮をつまみ上げ、メスで丁寧に膀胱から切り離した。
沙織の体内から子宮に伸びた血管をひとつひとつメスで切り離し、両側の靱帯をはさみで切り開いた。切り開いた中からは卵管が現れた。
「卵巣も摘出するんですか?」
「いや、今回は摘出しない。だから切り離した卵管はしっかり縛る必要がある」
沙織の卵管はきつく縛られ、両側の子宮円靱帯も手早く切断された。
ひとつ靱帯や血管が沙織の子宮から切断されるたびに、体が揺れる。
(やめて~もうやめて~)必死にもがき叫ぶ沙織。
でも誰にも聞こえない。
最後に子宮と綱がってた動脈と静脈も靱帯の根元でしっかり縛られ、子宮から切り離された。

牽引器で引っ張られて、子宮が沙織の体外に姿を現わした。もう繋がっているのは腟だけだった。
子宮を牽引すると沙織の腰が僅かに浮いた。
術者がメスをあてると、引き伸ばされた腟にすうっと切れ目が入り、あっさりと切断された。
その瞬間、浮き上がっていた沙織の腰の重さが戻った。
(…終わった…)
沙織の目から涙が溢れた。
腟はしっかりと縫合され、これまで骨盤腔の中で子宮を支えていた二種類の靱帯が縫い付けられた。
今度はこの靱帯が腟を支えるのだ。

その時、摘出されたばかりの沙織の生暖かい血まみれの子宮をひとりの医師がまじまじと見つめていた。

「いい色の子宮だな…どこに腫瘍があるんだ、健康そのものじゃないか」
(何で今頃気が付くの…)沙織の涙が止まらない。

手術台の傍らの小さなまな板のような台の上に沙織の血まみれの子宮が載せられた。
メスで沙織の子宮が切り開かれる。
「そんな馬鹿な、手術は完璧なはずだ…」
医師は呆然としながら、沙織の子宮を切り刻み続ける。
いくら細かく切り刻んでも、腫瘍は見当たらなかった。
手術室は騒然となった。