みゆ先生の無駄授業1…『辞世の句』② | 人生を全力で捨てゲーしてる人の日記。

みゆ先生の無駄授業1…『辞世の句』②

(続き
今の私には、この句の意味は正直わかりません…
…しかし、私はこの句に感じるものがありました。

私の頭のイメージは、
金色の大地を走る少年…片手に何かを持ち…それを掲げながら走る…とても無邪気な笑みで…



少年と少女は遊んでいました…たどり着いたのは何もない枯野…

深いフードの使い込まれたローブを来た人がそこにいました…

少年はその人に尋ねました…
『ここには何もないの…?』

その人は答えます。
『…ああ…何も…ね。』

少女は残念そうに言いました、

『それってとても寂しいね』

その人は言いました、

『そうかも知れませんね』

少年は言いました、

『こんなとこじゃなにもできないよ』

その人は言いました、

『そんなことはありません』

少年と少女は互いに困ったように互いに目を合わせました…
その人は続けて言いました…

『あなた達はもうその事を知っているはずです…ただ気付かないだけで…
あなた達自身がその事の証明なのです…』

…少年と少女はその人を見つめました…少年と少女にその言葉の意味はわかりませんでした。
しかし、深いフード越しの口元の柔らかな微笑みに、少年と少女は微笑み返しました…

『ほら!遊んできなさい!』

その人の声に少年と少女は再び微笑み返し…再び枯野を駆け出していきました…

……

…果たして松尾芭蕉は死ぬ間際に何を感じたのでしょうか。

彼がみたのは、浮き世の儚さかはたまたその無限の可能性か…

…本当に勝手なイメージなので自己満足とか…それたぐいのもの以外の何物でもないですけど(汗

…そんな適当なイメージでも結構楽しいですよ
(゚◇゚)/笑

…では、本日の講義はここまでです!読んでくれたかたありがとう…

ちなみにホントは豊臣秀吉と徳川家康の辞世の句もやるつもりだったのですけどまたの機会に(汗
m(__)m