夢想家 681。 | ネズラー通信編集部のブログ

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夢想家 681-1 ky ネズラー通信(C)

シャーペンB。







僕は気が気でなかった。

こういうときは
男は何もできない。

昔みたいに、

『男は出ていきな!
 お湯と
 洗面器を持ってきな!』


怒鳴ってくれるお婆さんも
今はいない。

勿論、
産婆さんはいらっしゃるけれど。




僕が妻にあったのは、
僕の父が倒れ、
病院に連れて行ったときだ。

そこで
問診や血圧など、
バイタルをチェックしてくれたのが、
後に
僕の妻になる看護婦だった。


その後、
何度か通院するうちに、
自然とあいさつするようになり、

僕は
思い切って、
ポケットに捻じ込んだ
映画のチケットを
彼女の押しつけ、

『ダメもとです!』


叫んで逃げた。

彼女の方が堂々としていて、
僕へ
電話をしてきた。


『本当は
 電話をかけるのは
 患者さんの個人情報の利用なので、
 ダメなんですよ。
 でも、
 本木さん、
 私を誘っておいて、
 連絡先も書いてないんだから。
 お応えしようがないじゃないですか。』

僕は心臓が潰れると思った。

フラれる、
フラれるに決まっている。

『私の勤務ですが、
 明日から三連勤で早番なんです。
 そのあと、一日休みがあって、
 次は夜勤。
 だから、
 4日後のお昼、
 きっと
 連勤の後は疲れて昼まで寝ているから、
 お出かけしましょうか。』


僕は
今度は鼻血が出そうだった。

いや、
エロいことは・・・
勿論、
妄想したけれど、
僕は彼女が大切だから、
きっと
何も出来ないだろう、
そして、
彼女のようなステキな看護婦さんは、
きっと
イケメンの一流大医学を卒業した、
医者の息子の医者に嫁ぐのだ、

そう決めつけていた。


僕は売れない歌手をしていた。
その仕事も
最初のデートで
告げないといけない。

僕は彼女に不都合な真実を全部白状した。


『僕はお金もありません。
 父もあんな状態です。
 こんな生き方をしています。
 でも生き方は恥じていません。
 僕の心がそうしろ、と言うから。
 こんな僕でも人を好きになることがある。
 それが、
 それが、
 それが、君なんです。
 僕は告白できるような男じゃない。
 でも、
 あなたに出逢って、
 毎夜、毎夜、歌いながら、
 あなたの顔が浮かんだ。
 どんなときも、
 あなたを感じた。
 僕は何千回と自分の心に問いました。
 答えは同じでした。
 あなたが好きです。』


彼女は
にっこりと微笑んで、

『光栄です。
 ありがとう。
 一緒に船出をしましょう。』


僕は定職に就きつつ、
夜はライブハウスで歌う生活をつづけた。

そんな中、
妻が妊娠していることが判った。

実感がわかなかった。
それは数秒だけ。

そして、
もう我慢が出来ないくらい、
何よりも
妻のお腹の中の子供に逢いたかった。


ただ、
いざ、分娩室に消えた妻を見送ると、
僕は自分の無力さに気付いた。

そうか
オスって役目、ないな・・・

そんな自虐的な気持ちにもなった。

母子の命が
心配で、
心配で、
これ以上、心配したことがないくらい心配だった。



そして、
僕は
「太郎」に逢った。



夢想家 681 ky ネズラー通信(C) 山本京嗣



妻の真っ青な顔を観て、
僕は
その場で膝をつき、
泣き崩れた。

『ありがとう。』


声にならない涙声で、
そう告げた。






(つづく)