日々の考えを綴るとしたものの、既に考えて答えを出したものを文章にして表すというのは中々に骨の折れる作業である。そう作業なのである。
なので、とりあえず直近に考えたことを綴ってみようと思う。私がどのような人間であるかは今後の投稿で追々わかるであろう。
さて、本題である。今回のタイトルである「人望」である。
私は最近「人望」が欲しくなくなった。以前はとても欲しかったのだが、欲しくなくなった。
理由は「『人望』は流動的で相対的だから」である。
「人望」は書いて字のごとく「人の望み」と私は定義する。
人間は社会的生活を営むならば一人では生きていけない。必ず集団の中で生活する必要がある。しかし、属する集団にも種類がある。
つまり、極端な仮定をするならば、「善人ばかりの集団において『人望』のある人とは究極の善人である。逆に悪人ばかりの集団において『人望』のある人とは究極の悪人である。」
と私は考えた。
属する集団によって求められる資質が異なるならば、自らの持つ資質がより「人望」が得られる集団に属するのが最も速く人望が得られる。だが、属する集団を選ぶ権利はすべての個人が有するが、それを実現するのは困難なのが現実である。
そこまで考えたときに、そのような運命に左右されるような、定形を持たない水のような「人望」を得るための努力なんてしたくないと思った。
これが私が「人望」が欲しくなくなった理由である。