川田亜子さん、覚えていますか?


いろんなことに疲れて、最近すっかり弱っていて、ふと、彼女が人生の終わりに綴っていた言葉を思い出してしまうんです。


真相ってわかったのかな?彼女もアメブロだったから、削除前にはよく訪れました。


真相について、わたしはわからないままですが、彼女が書いていた言葉、以前は楽しかったことが、今はただせつなく胸が苦しいだけ(文章は完全にはおぼえていないけど内容はこんな感じではなかったでしょうか。


すごくわかるんです。


あの、楽しかった時間は今の私にはもう手に入らない。


たとえ同じ顔ぶれ、仲間の中にあっても自分がかわってしまって。


例えば、一緒に楽しんでいた自分がいたはずなのに、今、もしその場にいたら、楽しそうな人たちを見て

そうなれない自分が悲しくて、きっとまた足が遠のいてしまう。


どうしたんだろう。


・・・最初はね。そういえば、きれいなアナウンサーがそんな言葉を残して、人生を終えてしまったなあ。

名前、なんだっけな。川がついたよな、くらいにしか思い出せなかった。


でも、気になって仕方がなくて、お名前調べさせていただきました。


真似ようなんて思っていません。


でも、痛いくらいに気持ちがわかって苦しいんです。

正直なところ、わたしはとっくに絶望していて、いつでも終わりにはできるからと、

ずーと先のばしながら生きてきました。



なんとなく、最近、もういいかなって。


子宮とってしまったからでもありません。


絶望はもっともっと前からでもっと根深いものだから。


子宮なくても元気な人はたくさんいらっしゃいます。だから無関係。


ただ、手術して、思わぬ副作用があり、どうも治りそうもないし、

そうなると、人間関係も変わっていってしまいます。


毎日、今日も生きて会社に行けた。今日食べるごはんと今月の家賃はなんとかなりそう。


わたしだけが派遣の身分で、他の人のお給料を知る立場で、

自業自得の境遇をどうすることもできずに、


お金、引き出すたびに残高の少なさにびっくりしつつ。


そろそろ限界かなと、思ったりしてしまいます。


それでもきっと明日は朝起きて、会社にいくんだろうな。


なんだか辛そうな人、最近よく朝とか、ランチの時間とか、外でよく見かける。


がんばろうなんて無理だから、、もう少し引き延ばしてみようね。


なんかあるかも。

突然、親の面倒見なくちゃいけなくなるとか。

もう少しね。

行ける、生けるとこまで。