「使命」と「誇り」 | 商工会・商工会議所等からセミナー講師として依頼されるために

「使命」と「誇り」

私には忘れられない経験があります。
この経験をしたことで、仕事に対する「使命」と「誇り」を手に入れることが
できました。
ひいては今の仕事をする礎になったのだと思っております。


阪神大震災のときの話です。
当時、まだ私は金融機関で勤めていました。
毎日預金を集めたり、融資をしたりという自分のしている仕事に対し、やりがいを感じなくなっていました。
このままでいいのかと悩んでいたような状況でした。
そんなときに阪神大震災が起きたのです。


TVで神戸の悲惨な状況をみていると、金融機関というのは、こんなときには何の役にも立たないと、悔しい思いをしていました。
そしてそのたびに、「自分が何かできないか」とずっと考えていました。


その週末、本社から「ボランティア募集」という話があったのです。
救援物資を震災地にバイクで届けると同時に、現地で小銭を配る、お金を貸す
という仕事でした。


震災直後は、着の身着のまま、パジャマで投げ出された人がほとんでした。
親類縁者に無事を伝えようにも、助けを求めようにも、連絡手段がありません。
当時は携帯電話を持っている人も少かったので、もっぱら連絡手段は、公衆電
話となります。
しかし、その公衆電話を使うための小銭を持っていない。
その方たちが、親類縁者にSOSをするための小銭を配っていたのです。

10円玉が50枚まとまった筒を、あちこちで野宿している人たちに配っていくという仕事でした。

はじめは警戒してなかなか受け取ってもらえませんでした。
それはそうですよね。
いきなり、わけのわからないおにいちゃんが来て「おっちゃん、このお金、使って」と言って渡されても受け取りますか?
「なんやこの人、頭おかしいんちゃうか」
と思うのが当たり前で、なぜ、小銭を配っているのか理解してもらうために、
細かい説明を一人ひとりにしていったのです。


お金を貸したり集めたりするのに苦労するのは経験していたので、よくわかっ
ていましたが、お金を配るのにあんなに苦労するとは思ってもみませんでした。


幸い神戸市内にあった支店は、何とか使用する程度には大丈夫だったので、
ここで、お金を貸していました。


その貸し方ですが、5万円を上限に「住所」と「名前」と「何に使うのか」だけを聞いて、大丈夫だなと思った方には、借用書にサインと拇印だけをもらい、現金をお渡ししていました。

信じられないでしょう。
当然、返済するという意思のある方にだけ現金を渡していました。


私がいた信用組合で融資するときには、普段、こんな貸し方はしていません。
きちんと、本人確認をして、いろいろな資料で審査をした上で貸します。

しかし、着の身着のままで投げ出されたかたばかりですから、実印ももっているわけでも免許証を携帯しているはずもありません。
自分が誰かということを証明する手段をもっていないのです。

パジャマを普段着に着替えるためにはお金がいる。
親戚の家まで訪ねていって当面のお金を貸してもらうためには、その交通費がいる。
本当なら、電話して持ってきてもらえばよいのですが、親戚の家の電話番号な
んか覚えています?まず、覚えていませんよね。

また、連絡してきてもらうにしても、どこにきてもらえばよいか説明できない
のですよ。町並みが変わっていて、住所もわかりませんし、目印となる建物も
ありませんから、自分が行くしか方法がないのです。

そんな方たちに、当面必要なお金をお貸しすることが重要だと考え、もし、万
一、そのお金が帰ってこなくともしかたがない、という開き直りをもって、震
災地でお金を貸したのです。


もちろん、お客様から預かった預金をそんな貸し方をするわけにはいけませんから、そのためのお金として寄付を募りました。
多くの方が浄財を出してくださいました。
結局、1週間ほどで3億円ほど集まりました。
その浄財を元に500円を配ったり、5万円を貸したのです。


「あの信用組合にいったら、名前と住所を言うだけで5万円貸してくれるで」
という噂を聞いて、多くの被災者がどんどんやってきます。
人手がたらず、私も融資担当として窓口で応対させていただきました。
それはそれはいろんな方がやってきます。


「福岡の親戚にお金を借りにいきたいんですが、その交通費がありませんので、
その分のお金を貸してください」
という人もいらっしゃれば
「もう、この服を1週間も着続けています。着替えを買いたいのです」
という理由の方もいらっしゃいました。
かと思えば、明かに震災前からホームレスをやっているだろうとわかる方が、
真っ赤な顔をして酔っ払いながら
「ここにきたら5万円配ってるって聞いたんやけども。5万円ちょうだい」
ちょうだいっていわれても、あげるわけではありません。
この人に貸したら絶対帰ってこないなと思いましたので、早々に帰っていただきましたが・・・

私たちもプロですから、本当にお金が必要としているのか、それとも都合よくお金をだましてっやろうと考えているのかは、話を聞けばわかります。
そうして、お金を貸すべき方に、どんどん貸していったのです。


その中でのエピソードです。
60歳ぐらいの女性が私の窓口にやって参りました。

「すみません。こちらで5万円貸していただけるとお聞きしたのですが」
「はい。それでは、何にお使いになられるのかお聞かせいただけますでしょう
か」
多分、金融機関でお金を借りるという経験をされたことがない方なのでしょう。
何を話すればいいのか、どう言えばいいのか、迷いながら言いづらそうにして
いました。
こんなときはこちらのほうから急かせば、相手が心を閉ざしてしまい、話し
にくくなると、その日の経験からわかっていましたので、そのままだまって待
っていると

「ドライアイスを買いたいのです」
「え?ドライアイスですか。差し支えなければ何のためにドライアイスが必要
なのか教えていただけますでしょうか」
「実は、今回の地震で家が倒壊してしまいました。夫はその下敷きになって亡くなってしまいました。
なんとか、遺体を掘り出すことができたのですが、まだ周りも大変混乱していて、その遺体をどうすることもできません。
このままおいておけば、どんどん腐ってしまいます。
なんとか、遺体をちゃんとできるようになるまで、遺体がくさらないようにド
ライアイスを買いたいのです」
と泣きながら話してくださいました。
冷静に話を聞かなければいけない立場であったにもかかわらず、聞きながら涙がボロボロとこぼれていくのをとめることができませんでした。

上司に報告し、すぐお金を渡すことができました。
それを受け取った女性の方が何度も何度もお礼を言いながら出て行ったのが今でも目に浮かびます。


私はこのときにはじめて、人間として「人の役にたつ」という意味を知ったよ
うな気がします。
私の信用組合の理事長は、「金融機関だからこそ被災者に提供できることがあ
るだろう」といって、500円配布を5万円の融資を決めたのだと聞きました。
普通、金融マンなら帰ってこない可能性の高いお金を貸すなんてことは決して思いつきません。


金融機関だからといって、何もできないのではなく、金融機関だからこその使
命があるということをこのときに知ったのです。
そして、この仕事にたずさわっている誇りも感じることができたのです。

人に喜んでもらうためには、人がやって欲しいことをやるだけではいけない。
人が思ってもみないことを提供できてはじめて、喜んでもらえる、人に役立て
るということに気づきました。

そのために、「気配り」や「目配り」「心配り」がどれだけ大事なのかということを、あの震災の現場が教えてくれたのです。
そこからですね。まわりの環境に不満ばかり言っていた私があまりわがままを言わなくなったのは。


ちなみにそのときに貸した3億円、どれだけ返ってきたと思います?

実は、貸したお金の97%が返ってきたんですよ。

本当に困ったときにもらった義理というのは、きちんと返すということなのでしょうね。


そして、この話には後日談があります。
神戸が復興してからはしばらく、神戸支店には新たに取引をしたいというお客様がひっきりなしに来られていました。
それらはすべて、500円の配布をうけた方、5万円の融資を受けられた方が、「こ
の金融機関なら安心して取引できる」と来店していただいたからだったのです。

情けは人の為ならずといいますが、本当にそのとおりですね。