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ただただ日々日常 ライフサイクル

その昔、まだ学生だった頃に、

大阪の天王寺と言う所に、

2週間に1度位、行ってました。


阿倍野SOHO計画の一部だったのか否か、

今はなくなってますが、

"DUNK"と言う、3on3のコートがそこにはありました。


JRか地下鉄・御堂筋線で、

天王寺まで行き、

しばらく道路沿いを歩いて、

コートまで行ってました。


そのコートに向かう道は、

左手には、商店が並び、

右手には路面電車の走る道路、

その手前に植え込みと柵があったのですが、

ある日、その植え込みに、

七夕の短冊の様な紙が、

あるのを見つけました。


そこには、手書きでなにやら書いてあり、

七夕の短冊が、何かで落ちたのかな?

と、まだ8月だったので、思いましたが、

しっかりセロテープで、

植え込みの木に貼ってありました。


そして、そこには、こう書いてあったのです。














「ここに、ちゃりんこ 置くな。


置いたらボコボコにします。」









僕は、置いた人なのか、それともチャリンコなのか、

どっちがやられるんやろ!?と思いながら、

その日もバスケに汗を流しました。。。。。


両方か??



明日~しばらくネットが出来なくなりますので、

ぺタ等頂いても、返す事が出来ません。

すいませんが、よろしくですm(_ _ )m


懐かしい光景を想い出した。


よく滑るうわばき と よく滑る渡り廊下。


そこは、僕らのダンスフロアーだった。


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僕が彼に初めて触れたのは、

13歳になったかならなかったの頃だったと思う。


お年玉を貯めて買ったCDラジカセ(重低音重視のvictor)に

和光デンキが、おまけの特典として、

アルバム"BAD"を付けてきたのだ。



名前はもちろん聞いた事はあったけど、

洋楽など聞く機会がなかった上に、

当時は今より映像付きの洋楽の情報が少なく(知らなかっただけ!?)、

アルバムのジャケットを通し、初めて見たその出で立ち


黒い長髪にウェービーヘアー!


しかも服や靴にジャラジャラと

色んな種類の、そしてピカピカのシルバーの金具が付いている!!!

初めて手にしたCDが、異国の有名ミュージシャン。


正直な僕の第一印象は、


「顔の整った変わった人やな。。。

この服どこで売ってるんやろ!?」


だった。




しかし、そのアルバムを聴いていくと、

僕の中の彼のイメージは、ガラッと変わった。


「かっくぉいい~!」


歌謡曲しか知らず、一番好きな歌手が

”安全地帯” だった僕は、すぐに夢中になった。



数学の授業の時は、

常に、三角形 "△B-A-D"を追い求め、


小林克也のBEST HIT USA(ABC朝日放送)

SONYのMTV(SUN TV?)

AMERICAN TOP 40(ラヂオ関西?)

を見・聴きした翌日は、クラスの数少ない洋楽友達と

何やかんや、映像等について、生意気にも語った。


ビデオを買い、家のテレビの前で、

ムーンウォークやダンスの練習をし、

桂南光の額並みに狭い板の間を

チュルチュルしたもんだった。

(出来の悪い踊りだったけど・・・)


そこから、さらに色んな事に興味を持ち

色々と見て、聞いた。


こんなんもありました。

FAT



そんな彼に一度だけ、生で、至近距離で

逢った事がある。

遭遇


遭遇した時は、変なテンションで何も感じてなかったが、

その日の終わりには、異様な程、全身が疲れていた。

知らない間に、極度の緊張を身にまとっていた。

まさに、スーパースターだった。




そんな彼が死んだ。





自分の中にいた彼が、青春の大きな1ページである事を確認し、

その1ページがちぎられて、僕の身体から離れて行った感覚、

自分でも意識していなかったその大きさを、この年齢にして初めて感じた。


全てはそこから始まった、とでも言う感覚を



なぜかとても寂しく、悲しい。


もう本気で彼みたいになりたいと思えない、

現実を見ている今の自分と

夢中になっていた若い自分。


音楽等を限られた情報の中で、

必死に繰り返し、繰り返し見・聴きし、

時間と情熱を傾けたと思う。


今も音楽が好きな事は変わりないが、

その頃の情熱には、今は負けている様に想う。




僕の中の、1つの時代が終わった感覚であるのは、間違いない


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