懐かしい光景を想い出した。
よく滑るうわばき と よく滑る渡り廊下。
そこは、僕らのダンスフロアーだった。
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僕が彼に初めて触れたのは、
13歳になったかならなかったの頃だったと思う。
お年玉を貯めて買ったCDラジカセ(重低音重視のvictor)に
和光デンキが、おまけの特典として、
アルバム"BAD"を付けてきたのだ。
名前はもちろん聞いた事はあったけど、
洋楽など聞く機会がなかった上に、
当時は今より映像付きの洋楽の情報が少なく(知らなかっただけ!?)、
アルバムのジャケットを通し、初めて見たその出で立ち
黒い長髪にウェービーヘアー!
しかも服や靴にジャラジャラと
色んな種類の、そしてピカピカのシルバーの金具が付いている!!!
初めて手にしたCDが、異国の有名ミュージシャン。
正直な僕の第一印象は、
「顔の整った変わった人やな。。。
この服どこで売ってるんやろ!?」
だった。
しかし、そのアルバムを聴いていくと、
僕の中の彼のイメージは、ガラッと変わった。
「かっくぉいい~!」
歌謡曲しか知らず、一番好きな歌手が
”安全地帯” だった僕は、すぐに夢中になった。
数学の授業の時は、
常に、三角形 "△B-A-D"を追い求め、
小林克也のBEST HIT USA(ABC朝日放送)
SONYのMTV(SUN TV?)
AMERICAN TOP 40(ラヂオ関西?)
を見・聴きした翌日は、クラスの数少ない洋楽友達と
何やかんや、映像等について、生意気にも語った。
ビデオを買い、家のテレビの前で、
ムーンウォークやダンスの練習をし、
桂南光の額並みに狭い板の間を
チュルチュルしたもんだった。
(出来の悪い踊りだったけど・・・)
そこから、さらに色んな事に興味を持ち
色々と見て、聞いた。
こんなんもありました。
↓
そんな彼に一度だけ、生で、至近距離で
逢った事がある。
↓
遭遇した時は、変なテンションで何も感じてなかったが、
その日の終わりには、異様な程、全身が疲れていた。
知らない間に、極度の緊張を身にまとっていた。
まさに、スーパースターだった。
そんな彼が死んだ。
自分の中にいた彼が、青春の大きな1ページである事を確認し、
その1ページがちぎられて、僕の身体から離れて行った感覚、
自分でも意識していなかったその大きさを、この年齢にして初めて感じた。
全てはそこから始まった、とでも言う感覚を
なぜかとても寂しく、悲しい。
もう本気で彼みたいになりたいと思えない、
現実を見ている今の自分と
夢中になっていた若い自分。
音楽等を限られた情報の中で、
必死に繰り返し、繰り返し見・聴きし、
時間と情熱を傾けたと思う。
今も音楽が好きな事は変わりないが、
その頃の情熱には、今は負けている様に想う。
僕の中の、1つの時代が終わった感覚であるのは、間違いない
IN MEMORY OF THE KING OF POP
