綺麗事かもしれません。
読みたくなかったら読まないでください。
私の感じた今の人の価値観等の話です。
個人の見解です。
少しずつ時代は変わってきているのかもしれない。
引き寄せのブログをやっている方たちの中にも「これからの時代は自分自身が幸せになる事が大事」と「今は新しい時代との変わり目」だとも言われている。
「今までは、地位、名誉、会社の昇進、
資格」または、「ステキな家族、恋人」
「アクセサリー、流行りの服」
など、「周りから与えられる評価」が
「自分の幸せ」だと思ってきた。
しかし、最近は「本当の幸せ」を
見つめる為にセミナーへ行ったり(もう行く気はない)、自分が「本当は何を成し遂げたいのか」を考えている。
今までのブログに書いたが
「人は他の人の人生を歩むことはない」
つまり、「自分の人生の幸せは自分で創る、感じる事」
そして、「他人や社会の常識から与えられた物は「仮初めの幸せ」だと言うこと。
何故かと言うと
「何れ年を取れば、どんなに偉いさんでも、会社を辞める」
「お金を貯める事は良いことだ。例え健康を無視して食費を減らし、ホントは遊びや、旅行に行きたいけど「我慢」し、
沢山貯まる「銀行の通帳」を
見て「満足する」。
「銀行に預けている時点で「お金という紙になっている」。
だって他の人のブログか、本にも書いてあるが「お金は代価、物品や遊び、自分に必要な物を「買う」為の物をだから」
「使いたい時に使わず」、自分に「我慢を強制し続ける」と心も体も元気がなくなり
病気になったら入院費に消える」
「沢山、資格を取って、人の為に尽くすのが自分の幸せだと思い、、感謝されないと、自分には価値がない」だからもっと
「自分に無理をしてでも「頑張ろう」」
だって「周りが誉めてくれるから」
「家族の為に働いてるんだ。働くのが当然なんだ。それが父親の「役目」だ。
家族の為に「炊事や洗濯をするの」
子供も育てるのが母親の「役目」だ。
「役目だから、それをこなしていれば幸せ」だ。だって「誰かの為だから」。
地位、金、周りの期待、周りへの依存
役目を果たす、「誰かの為に」
本当にそれは「自分しかできないの?」
本当にそれは「自分自身が望んだ幸せ?」
「自分自身が望む幸せは「周りが、社会が決めるの?」」と私は思う。
もちろん全部、「否定」している訳では有りません。幸せな事だって「沢山あるかもしれません」。人それぞれです。
ただ私は、真面目な話①で書いたように
本当に自分のしたい事をしていれば
幸せを感じているのなら自分を終わりになんてしないんじゃないでしょうか?
「本当に自分に無理してなければ」
「現状の自分も幸せと思えるなら」
「今の自分を少しでも許せて認められる」
少し、「自分と向き合う」事。
それだけでも「自分に優しくなるとおもうのです」
「もし、時間も、金も、技術も、知識も
ステキな恋人も家族も暮らしも」
全てあったとしたら、貴方はどうしたいですか?」
※これは引き寄せの方のブログにあった
私が気にいった言葉です。
ちょっと変えてあるかもしれませんが。
「私は私の幸せの為に「今の幸せを感じながら」未来の私に「成っていく」
誰かの為にやりたいんじゃない。
自分が自分の為にやりたいのです。」