久しぶりに自分のブログを見て、、

下記ブログは朝通勤電車内にて書いたのは覚えておりますが、同日昼頃透析中に容態急変にて最後を看取ることなく亡くなりました

当たり前の存在であり、今も亡くなったことの現実味がない中で四十九日法要や相続手続準備を家族代表として行なっているのが信じられません

皆さんには「長寿かつ入院期間2ヶ月にて他界したのは大往生ですね」とのお言葉をいただきます

確かにその通りで私も母の生前時は、長寿でありいつ亡くなっても大往生である旨を公言しておりました、、

しかし、長寿であっても最後まで生きるため懸命に治療を受けていたこともあり、なぜか今は「大往生」の言葉に違和感を感じます

住職が葬儀最後の挨拶にて、いろいろな意味を含めて「大往生」とは使わない旨をおっしゃってました

私も今後は「大往生」との言葉は慎重に取り扱おう思います