おはようございます😃
僕は幼少時、四国のど田舎で育ちました

今は限界集落予備軍みたいな所

ど田舎でおばあちゃんとおじさんが育ててくれました

両親と妹は大阪で生活

僕だけ四国のど田舎で

その理由は、僕がおじさんから離れなかったから

親よりおじさんでした

そこで毎日山や池で遊び

夏になると田んぼに水を供給する為の用水路で泳いだり

ど田舎と言えども集落には当時20軒くらいの家があり、僕を遊んでくれるお兄ちゃんお姉ちゃんも何十人か居たのです

午前中はみんな学校に行ってるので暇でした

僕はまだ幼稚園にも行ってないガキでしたから

そこでおばあちゃんに暇やから遊んでくれと頼むのですが、おばあちゃんは畑仕事が忙しいので中々遊んでくれません

おばあちゃんは僕に山菜でも取って来いと。
退屈じゃ無くなるからと言って僕に山菜取りを提案。

山菜取りと言っても目の前でいくらでも取れるので、小さな子供が一人でも全然安全

車なんか集落には一台も無いし

ヘビはいっぱい見かけるけど

そして山菜を取っておばあちゃんに渡すとおばあちゃんはそれをタライに張った水に浸けて

その山菜は次の日の食卓に

僕、食料を調達して来てるだけですやん

今思うとそんな小さな子供が山菜を雑草と区別出来てたのは凄い

まぁしょっちゅう大きなお兄ちゃんお姉ちゃんと一緒に取ってたし

あの頃は松茸もいっぱい取れてたなぁ

🍄🍄🍄
でも店も何も無い所ですから食べた事の無い物は沢山ありました

イチゴは野苺しか食べた事が無く。🍓
牛乳なんか見た事もない

いつもヤギの乳でした(笑)

そのニワトリの産んだたまごを食べます。
2羽だけなのでたまごも2個🥚🥚
確か2日に1回しか産まなかった様な記憶が有ります。
その貴重なたまごを、おばあちゃんはずっと僕にだけに食べさせてくれてました

いまだに僕は、たまご料理が大好きです

戦前の話しじゃ無いのですよ

少し前の日本の話しなんですよ

大阪で牛乳を飲んだりイチゴを食べた時はびっくりしました(笑)🍓

色や形はよく似てるけど全然違う

そんなど田舎で育ちましたが。
オッさんになった今でも、
子供の頃の思い出は、ど田舎の日々の思い出

おじさんに可愛がって貰った思い出でいっぱい

いま帰っても景色はあの時のままなんですよ

高圧線を通す鉄塔は立ちましたが

日本昔ばなしに出て来る様な景色の所なのです
