世に棲む日日2 司馬遼太郎 | ZAURUSのブログ

ZAURUSのブログ

ブログの説明を入力します。

「それが必要だとなれば、武士たるものは断乎おこなうべきです。それが成功するかどうかということを、論ずべきですらないのではないでしょうか」

成功不成功は論ずべきでないというのは、この時代に普及した儒教的武士道であった。


たれがなんといっても、男児がいったん決意したことは、たとえ富士山が崩れ、刀水が枯れるというような異変があっても志をかえることはできない。


「計いよいよ違って、志いよいよ堅し」


松陰は百策ことごとく敗れたが、なおもあすがある、と金子に言った。


この若者は、つねに失敗をするために懸命の努力をしている。


「私は志を立てて以来、万死を覚悟することをもって自分の思念と行動の分としております。いま死をおそれては私の半生は無にひとしくなります」


松陰はどうも快活すぎる。

これは天性のもので、かれの思想でも主義でもなく、それがうまれつきだけにこの若者を自暴自棄にすることはいかなる悪魔でも不可能かもしれない。


娑婆にいるころは親類、世間の者が、ことごとく蛇蝎のように忌みきらっていたのに、獄中で松陰以下から賓師の待遇をうけるにいたるというのはどういうことであろう。


吉田寅次郎という人物はあらゆる人間に対しおそろしいばかりの優しさをもった人物で、しかもその優しさと聡明さをもって人の長所を神のような正確さで見ぬき、在獄何十年という囚人をすら人変りさせてしまったという人物なのである。


「松下村塾の目的は、奇士のくるのを待って、自分のわからずやな面を磨くにある」


「物事の原理性に忠実である以上、その行動は狂たらざるをえない」


「思想を維持する精神は、狂気でなければならない」


動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し


―おれは生涯、「こまった」ということばを吐いたことがない。

というのが晋作の晩年の自慢だったが、この戦略家はつねに壁にぶつかった。が、ぶつかる前にすでに活路を見出し、ときに桂馬が跳ねるように意外なところへ飛んでゆく。


松陰は志を立てるということをまず重要視し、その志を通しつづけるには「狂」が必要だと考えていた。

竜馬、晋作は時勢を読んで生きたが、松陰は時勢より、自らの志を通しつづけるために「狂」であり続けた。

事を成したのは晋作であったが、思想をつくったのは松陰。そして死んだ。

現代において「狂」であり続けて死ぬことはないため、志を通すために「狂」でいるということが重要。