久々に話した本当の自分 | ノーマライゼーション

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発達障害や精神障害(パーソナリティ障害)の、パッとみは定型発達や健常者とほとんど変わらない理解されにくい、一当事者の苦悩や体験や日常


昨日、ある発達障害の集まりに参加してきたが、そこで、自分も泣く寸前になりながら、声をつまらせつまらせで、自分の窮状について語りました。

みんな、真剣に聞いてくれました。とても、嬉しかったです。

自死とかぶっそうな、信ぴょう性をなくすような言葉まで語ってしまい。

中に取り乱す人もいて、自分は申し訳なくたまらない気持ちでした。

でも、昨日はフリートークで珍しく先陣きって手をあげて話している自分がいました。

自分のSOSで手を上げて話していたのかもしれません。あれが、自分の真実そのものかもしれません。というか、そうです。

いつもなら、フリートークの時は聞き役に徹するのに。

発達障害の脳機能の偏りやそこからくる様々な二次障害に、耐えられないのですね。

僕には自死する度胸すらありません、
けど意を決して何かをしようとすれば
やってしまいそうでこわいのですね。

だけど、いとこが自死して、おばあちゃんも死んで、

家では無理解の嵐にさらされ、精神的DVも時にはうけながら、どうにか我慢しています。

発達障害の集まりにいくために電車にのるのもいろんな意味で、しんどかったりする現状があり、相当なエネルギーがいるところもあります。二次障害の精神症状の部分です。

とにもかくにも、昨日の集まりのみなさん、真剣に聞いてくださってありがとうございました。本当に。

そして、今から久々の仕事にいって、とりあえずやれるだけ頑張ってきます。



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