1. 寂しい風

 今日もまた、変な夢を見た。

 ただの川に信じられないくらい大きな鯨が現れ、あっという間にあたり全体が水に囲まれた。豪快にジャンプした鯨が起こす大きな波が、容赦なく押し寄せてくる夢だ。目が醒めるのは、決まって愛知の実家にある自分の部屋である。だが、残念ながらこれもまた夢であり、虚しさの塊だ。

 なぜなら、その夢は現在の僕を過去に引き戻そうと心に語りかけ、ただ寂しい風を吹き込ませて去っていくだけだから。

僕は今、20歳。理系の大学を休学し、オーストラリアのメルボルンにいる。そして毎朝、寂しい風が吹く。

2. 乗る、じゆうにん(自由人・住人)

 メルボルンの交通機関について語るなら、一言で「原点回帰した自由な場所」だ。人に危害さえ加えなければ、ここには実質ルールがないに等しい。

 たとえば、街を走るトラム(路面電車)である。

 肌感だが、乗客の7割以上が正規の料金を払っていない(交通ICをバスや路面電車でタッチしない)のだ。明らかにルール違反だが、誰もが知らん顔をして乗り込んでくる。乗客たちの顔触れも、とにかく個性の渋滞だ。

  • 電車の中でいきなり笛や楽器の練習を始める客

  • 自転車やキックボードをそのまま持ち込む客

  • 大きなペットの犬と一緒に普通に座っている客

  • 180cmはあろうかという長い釣竿を抱えて歩く客

「あ、これ、ありなんだ…」

日本の整然とした電車に慣れていた僕は、既成概念をガラガラと崩された。

3. 交通費314ドルのリスクを負う者たち

 もちろん、完全な無法地帯というわけではない。メルボルンには厳しい罰金制度が存在する(オーストラリアは罰金大国なのだが…)。

運悪く検札官(インスペクター)に見つかれば、未払い乗車で約314オーストラリアドル(日本円で約3万〜3万5千円)という容赦ない罰金通知が切られる。

 つまり、「バレなければタダ、見つかれば即重罰」という極端な表裏一体のシステムの上で、あの自由が成り立っているのだ。一線を越えて摘発されたら自己責任。このドライで合理的な社会構造が、どこかおもしろい😆

4. ザ・カオス・バス

 トラム以上にカオスなのがバスだ。

 人が乗り込むたびに「なぜそこまで?」と思うほど眩しい照明が車内を照らしたりする。

 降車ボタンを「ピっ」と押せば、緊急時のブザーかと思うような爆音が車内に響き渡る。さらに運転は驚くほど荒く、急ブレーキ・急アクセルだ。時には「そっちに行くの!?」とツッコミたくなるような変な方向へ突き進んでいく。もやもやとした、ふつふつとしたいらいらを感じずにはいられない、、

 日本の「正確で丁寧な運行」とは逆のベクトルにある、生き生きとした(悪く言えば暴走)ダークエネルギーがそこにはたっぷり満ちている。

5. 20歳、休学中の僕がここにいる意味

 実家の部屋で目が醒める夢を見ては、現在の自分に寂しい風を感じる朝もある。

けれど、この誰も他人に干渉せず、自分の好きに生きているメルボルンの街に揺られていると、「もっと自由に生きていいのかもしれない」と思わされるのだ。

 314ドルの罰金表と、個性的な乗客。その両方が当たり前に存在するこの街で、僕は今日も荒い運転のバスに揺られている。