明日のための人生ノート
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人間関係力学 辞める前に

職場の人間関係で悩むあなた。

その集合離散に一定のパターンがあることをご存知ですか。

今の人間関係は一年後一変する。

新入社員を例にとったその行動パターンを披露しましょう。


結束期(4月~6月)

新しい環境に今までとのギャップを感じる中、不平不満を言う事で

全体を結束しようという空気がある。そのようなグループができる。

不平不満をよく口にする者が、一見リーダーのように見える。


離反期(7月~9月)

不平不満を潔しとしない者は傍観。孤立しているように見える。

不平不満派の中には、ムードに流された者がおり、グループから

離れるものが出てくる。

そして、仕事に忠実なグループが出来てくる。


分裂期(10月~12月)

不平不満派。仕事忠実派。どちらにも顔が利く世渡り派に分裂。


解体期(1月から3月)

不平不満派は解体する。不平不満派のリーダーは根は真面目。

仕事に厳格になる。


以上不平不満派が台頭する時期は、いやなものが目に付き、また

ゴールデンウィーク、夏休み等環境に左右され、会社を辞めてしまう者も

いる。

しかし、秋から冬にかけて人間模様は当初と一変する。

早まってはいけない。

一年待とう。


人生の鉄則その壱

「種を蒔かない土地からは収穫できない。種を蒔いても収穫できる保障はない。」


働く形態が様々になった。正社員で定年まで働くことが過去のものとなった。

企業に勤めながら起業するなど珍しくなくなった。


しかし、いくら副業に情熱を注いでも、本業より収入が少なければ、副業のままだ。

副業をもつことは賛成だ。努力が報われ本業並に収入を得られるようになれば、

生活は潤う。


しかし、今、あなたに収入をもたらす本業を疎かにしてはいけない。

本業からの収入という補給路を断って、副業で一本立ちしてはいけない。


「とれるところからとる」これは人生の鉄則だ。

心のリセットボタンⅡ

前回、「自分を喚起する言葉を持とう。それは心のリセットボタンになる」と書いた。

「要請は次々来る」 案の定、要請は来た。


ある意見を発表しなければならない時、思い通り言えず、自己嫌悪に陥った。


ああ言えばよかった、もっと感情を込めればよかったと後悔している時、

もっと大勢の前で発表してくれという要請が来た。


私は勇気を出して引き受けた。

与えられたチャンスによって自信を回復する事ができた。


失敗により手痛いダメージを受け、何度ダウンしても立ち上がらなければならない。


「何度でも立つ」


今回の心のリセットボタンだ。


心のリセットボタン

いやな仕事、苦手な交渉、心は重く沈みがちになる。

マイナス気分をプラスにもってゆくには、相当なエネルギーが必要だ。


こんなときは、心に中心軸をしっかりと打ち立てなければならない。

私の対処法は「私に対する要請は次々くる」という言葉を何度も心に唱えている。


自分に降りかかる一切を促しととらえ、未来を待つ。


「私に対する要請は次々くる」

自分を喚起する言葉を持とう。

それは、心のリセットボタンになる。

すき? きらい?

すききらいで、人や物を判断するのは良くないという思いが、かっての私にはあった。

しかし、直感的にすききらいで判断し、いい結果が出ている。


すききらいは、判断力、決断力の牽引役なのだ。


すきでもないが、お金があるから結婚した。

すきでもないが、安定しているからこの仕事を選んだ。

よくある話だが、結果はだいたい想像がつく。


回転寿司屋に行った。

妻が二人の小学生の娘に「これをとりなさい」と言うのを私は制した。

私たち親は、余計な事を言わずに子供たちに好きなものをとらせよう。

よき伴侶を得、適職に就くための学習だ。

「さあ、次へ行こう」

卓球の福原愛選手の「サー」というかけ声とガッツポーズは今ではお馴染みだ。

私たちがそれを目にしたのは、アテネオリンピックのテレビ中継からだ。


当時は「サー」なのか「ヤー」なのか話題になり、記者に質問された愛ちゃんも

「その件は・・・」と口を濁した。

テレビで見る限り明らかに「サー」と聞こえる。


この「サー」には深い意味がありそうだ。

サーに続く日本語を想起してみよう。

「さあ、これからだ」「さあ、行こう」と、どちらも未来に対する期待と決意の現れだ。


金メダルという頂点を目指す愛ちゃんにとって、ポイントをとった喜びや感動より、

次のポイント、次のセット、次の一勝を取りに行くことのほうが重要なのだ。

「サー」は未来に向かう自分自身へのエールではないだろうか。


私たちも小さな成功に甘んじてはいられない。

人生は果てしなき階段だ。「さあ、次へ行こう」