嘗ての仲間、某からのコメントに寄ると現在の師匠を語る人物は4代目であることが分かりました。

闘病の長さと苦しみがわかります。

ここ数年の師匠の記事は不安定で師匠ならばこうはしない。との発言が目立ちましたから何度かコメントで指摘もしました。

それもそのはず、師匠と回りの人間とのコンセンサスが取れてなく人間やトレードの質と量が違い過ぎるのでしょう。

逃げ場を無くすために敢えて感情的にも書きました。

直の連絡先を聞いてクレームもいれました。


あなたはどうしてしまったのですか?と。アホになってしまったのですか?と。

コメントに関しては曖昧に。メールに関しては全てスルーでした。

何故、スルーで曖昧にしていたのか。。。

それは、まぁ良い。

師匠には怒りに似た感情があったのは事実。しかし、それは消えて今は哀れみの感情になりました。

同情するのみ。

決して、蔑んでいるのでは有りません。そう見えるならば私の甲斐性の無さです。

ある人は言います。永久に続けると。師匠のブログは継続に意味があるのだと。

しかし、そうでしょうか?継続に意味があるならば、堂々と今ある事実を主義主張をすれば良いのです。

それが無く『継続』を連呼するならば既にこちらへは返信不要です。

言うまでも無く、返信はないでしょうね。出来もしないでしょう。

4代目を名乗る人物が嘗ての仲間だった事は事実。私がヤクザ者とケンカをして半ば軟禁状態から何とか逃げた時も真っ先に匿ってくれた事とかもありますがその時の関係にはなれないでしょう。

だから、返信は不要です。

生きて大業あるならばいつまでも生きよ。と、吉田松陰は言いました。

継続にどんな意味があるのか分かりませんがもしも、金や名声に自己満足ならば速かれ遅かれ敗北(との表現が適切かどうかわかりませんが)は免れないでしょう。

敗北、と言う意味は定かでは無いですが私や4代目をなのる人物が師匠を前にして酒を飲み、飯を食べ、旅をして為替について話をした当時を否定する様な関係になると言う事。

このままではそうした無惨は確定でしょうし。より惨めな状態になるでしょうね。

ましてや、トレードの世界なんだし。

SNS、トレード、人間関係や自分自身に正々堂々は難しい。思えば思うほど、ドツボにはまります。

しかし、少なくても私は自分自身と師匠に対しては『これがRYUですよ』と言える様になる為に師匠や他の仲間、慕ってくれる方と決別して来ましたし今後もそうします。

では、ごきげんよう。