「おばあさん
この子が肩にのせてるのは何?」
「これはね
天秤棒というんだよ」
「前と後ろを同じ重さにすると
バランスが取れて歩きやすいんだよ」
「へ~そうなんだ!」
「重さが違うとどうなるの」
「前が重いと前に傾き
後ろが重いと後ろに傾いて
とても歩きにくくなるんだよ」
「これはね、モノだけでなくて
考え方にも当てはまるんだよ」
「考え方にもあてはまるの?」
「そうだよ、例えばね
キー坊が何かのテストで
95点取ったらどう思うかな」
「そりゃー、うれしいよ」
「どうしてうれしいのかな?」
「だって、95点もとれたんだよ」
「でもね、悔しがったり、
残念がる子もいるんだよ」
「え~、そうなんだ」
「あと5点で満点だったのに!悔しい」
「何であと5点何とれなかったんだろう?」
と思う親や子がいるんだよ」
「へ~、そんな人もいるんだ」
「ここで、問題なのは、100点が良くて
0点はダメという考え方なんだよ」
「でも、みんなそう思うでしょ」
「良いか悪いか、正しいか正しくないか
これが天秤になるんだよ、この考え方
で苦しむんだよ」
「じゃ、どうすればいいの?」
「ふたつに分けないひとつになれる
考え方をするんだよ。例えば、
私の考え方が絶対正しいと思うと、
違う考え方の人を、あの人は間違って
いると思ってしまう。
でも、根底にはどちらも同じ幸せを
求めての考え方だったりするんだよ」
「なんか、むずかしいな」
「例えば、二人の人がいて二人とも
リンゴが食べたいけどリンゴが1つしかない
その時、キー坊ならどうするかな?」
「僕はいいからと言ってあげるかな?」
「キー坊も食べたかったんだよ」
「ぼくがガマンして他の人がよろこべば
それで僕もうれしい」
「やさしい子だね!
キー坊の食べたい気はどうなるの?
どこへいったの?」
「よろこんでくれたから、
うれしいに変わったのかな?」
「食べたい気持ちはなくなったの?」
「なくなってないかも知れないな」
「じゃ、リンゴを受け取った人が
ふたりで半分ずつ食べようよと
言ったらどうする?」
「よろこんで一緒に食べるよ」
「自分も相手も、みんながよろこぶ
考え方がひとつになる考え方なんだよ」
「わかった、みんながよろこぶことを
考えればいいんだね」
「そうだよ」
「ありがとう、おばあちゃん」