帰って来た! たいようくんぶろぐ

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広告宣伝規制というものがあります。


8月1日より

規制を強化すると

警察庁から通達がありました。


簡単に言ってしまえば、

・店名を冠したイベント

・特定の機種名を関したイベント

・日付や曜日指定をし

 ○の付く日や毎週○曜日は・・・

 といったイベント


などなど


こんな内容をチラシに載せたり

店内にポップとして掲示しておくと


警察より

厳しい処分・・・ 最悪


営業停止

処分を受ける事となります。


私の知り合いの

ホール様には

実際警察庁直々に

連絡があり


近日中に

お店をチェックしにいく

という連絡まであったそうです。


私の知っている限り

東武東上線沿線の

都内のホール様にて

上記内容を守らなかった為に


警察より処分を受けてしまった

ホールさんがここ最近ありました。


ホール様によっては

上記内容を

守っていたり

守っていなかったり・・・・


その為

最近警察の方に

同業者による


チクリ


の電話が日に日に

増えているそうです。


揚げ足をとるのは

嫌ですが、


そこに不公平が

生じてしまえば


仕方のない事かもしれませんね。





またまたお久しぶりです。
です。

この度、前回の5月に引き続き、ニュー太陽グループでは以下の内容で東日本大震災 第二回災害ボランティア活動に従事してまいりました。この場をお借りして皆様へご報告させて頂きます。


活動期間  平成23年6月13日~15日 (3日間)
活動場所  宮城県本吉郡南三陸町
活動内容  ガレキ等の撤去活動


今回は避難所での炊き出しは行なわず、身体をフルに使うガレキ撤去作業を3日間、行ってきました。
前回から約1ヶ月が経過した被災地ですが、正直、1ヶ月前と殆ど変わりはありませんでした。


1ヶ月前の志津川病院付近
$たいようくんのぶろぐ-南三陸町風景

今回(1ヶ月後)の志津川病院付近
$たいようくんのぶろぐ-志津川病院

よく見るとガレキの量は減っていますが、それでも現地は未だにガレキで溢れかえっています。
今回の震災の被害は、太平洋沿岸部の約500kmに及び、中でも三陸沿岸部の約300kmに関しては、最も甚大な被害を受けた地域です。
埼玉を出発し、東北道を北上、南三陸町までの総距離が約500km。およそ6時間を要する距離ですが、その長さと同じ範囲の地域が被災地となるわけです。
被害の甚大さと、その範囲の広さが今回の震災の威力を物語ります。

ニュー太陽グループ各店舗から志願してきた、有志8名で現地に赴き、共に活動してきました。初めての参加者が6名いましたが、被災地に入り、その状況を自分の目で見た時、誰もが鳥肌が立ち、その被害の深刻さに言葉を失っていました。
TV等でその映像は頭に入っていますが、実際にその目で見る事とはやはり違うようです。「百聞は一見にしかず」とはこのことです。

震災後3ヶ月が経過するが、現地は未だにガレキの山
$たいようくんのぶろぐ-志津川1

撤去を終えるのはいつになるのか・・・
$たいようくんのぶろぐ-志津川2



6月13日 活動初日

前日の午後8時頃に埼玉を出発。深夜2時頃に現地に到着。周りへの迷惑を考え、テントは張らず、車内で仮眠。早朝6時起床、テントを張り、その後、南三陸町ボランティアセンターへ。
平日であれば一日に約70名近いボランティアの方が参加されています。中には1ヶ月、2ヶ月と長期で入られている方も。本当に頭が下がります。

南三陸町ボランティアセンター
$たいようくんのぶろぐ-VC

センター内部
$たいようくんのぶろぐ-VC2

多くの支援の声が
$たいようくんのぶろぐ-寄せ書

「おでってさ」は東北弁。「お手伝い」と言う意味
$たいようくんのぶろぐ-ビブス

この日は同町戸倉地区の個人様宅周辺のガレキ撤去作業。
平地からは結構、高台にあるこのお宅も、津波の被害に遭われました。30mを超す津波は、今までの想定を全て覆しました。

$たいようくんのぶろぐ-個人様宅1
$たいようくんのぶろぐ-個人様宅2
建物が基礎部分から大きくずれてしまい、写真ではわかりませんが、建物が真ん中から分断されていました。裏庭には流れ着いた自動車が3台。ガレキを撤去し、側溝のふたを取り、水路を確保する為に泥出しを行ないました。




6月14日・15日


2日目と3日目は同町名足地区一帯のガレキ撤去作業
この名足地区は、前回、炊き出しを行なった石浜地区の隣。南三陸町の端で、気仙沼寄りに位置します。ここの地区もガレキの撤去が進んでいませんでした。重機などは入っておらず、地元の漁師さん達と協力して作業を進めます。

名足小学校 高台にあったにもかかわらず、1階部分が浸水
$たいようくんのぶろぐ-名足小学校1
15時26分のままの時計
$たいようくんのぶろぐ-名足小学校2
えぐられた土手が津波の威力を物語る
$たいようくんのぶろぐ-名足地区1
$たいようくんのぶろぐ-名足地区2

ここの現場では、多くの個人ボランティア、企業ボランティアの方と共に作業させて頂きました。女性の方も比較的多く、また、40~60歳代の方も活動されていました。
2日間をかけてこの地区の撤去作業を行ないましたが、回りを見渡すと、まだまだガレキは残っています。もっともっと人手は必要です。


ガレキ撤去作業終了後
$たいようくんのぶろぐ-撤去後

作業後、参加者の皆さんと
$たいようくんのぶろぐ-集合



また、14日には、お客様よりお寄せ頂いた支援物資を避難所へ届けて参りました。この避難所は前回、全てのライフラインが止まっていましたが、今回、お伺いしたときには電気だけは復旧していました。徐々に復興が進んでいるんだと感じました。
$たいようくんのぶろぐ-寄木
この場をお借りして皆様の暖かい支援、心遣いに深く感謝いたします。



最後になりましたが、皆様にも現地でどの様な活動を行なっているのかを知って頂きたく、ボランティアセンターのリンクを貼らせて頂きます。
震災から3ヶ月が過ぎようとし、TVでの報道も少しずつと頻度が少なくなってきています。ですが、被災地は未だに辛く厳しい生活を余儀なくされている方々がいらっしゃいます。
風化して忘れ去られてしまう事を防ぐ為に、たまにで良いので、覗いて頂けると幸いです。

南三陸町ボランティアセンター


また、下のサイトでは、南三陸町ボランティアセンター公認のチャリテーTシャツ「チャリTシャツ」を購入する事ができます。売上金から原価を差し引いた全額をセンターの運営資金に充てているそうです。
$たいようくんのぶろぐ-ちゃりT
南三陸町災害ボランティアセンター公認Tシャツネット販売



今後もニュー太陽グループでは被災地への支援を継続して行なっていきます。
その際にはお客様へも支援物資提供などのお願いをさせて頂きたいと思います。

何卒、ご協力、温かいご支援をお願い致します。

お久しぶりです。
ワタクシ、です。

この度、ニュー太陽グループでは以下の内容で東日本大震災 災害ボランティア活動に従事してまいりました。


活動期間  平成23年5月15日~20日 (6日間)
活動場所  宮城県本吉郡南三陸町
活動内容  避難所での炊き出し・ガレキ等の撤去・「思い出探し隊」活動

$たいようくんのぶろぐ-南三陸町防災庁舎 $たいようくんのぶろぐ-南三陸町風景





さて、少しではありますが、現地での活動内容や風景をお伝えさせて頂きます。

活動期間6日間のうち、3日間、現地での炊き出しを行なってきました。


5月16日 歌津デイサービス
 メニュー タラの煮魚・豚汁・ご飯・ほうれん草の胡麻和え・冷奴

5月18日 寄木地区避難所(漁家民宿やすらぎ)
 メニュー BBQ・ご飯・生野菜サラダ

5月20日 石浜部落集会所
 メニュー BBQ・焼き魚・生野菜サラダ

震災から約2ヶ月以上が経過しますが、未だ被災地の方々の生活は厳しい状況です。
一日の食事が2回、そのうち、温かい食事は夕食のみ、といった状況です。
炊き出しの準備中、避難所の方から「どうぞ。食べてください」といって差し出された
ものが、賞味期限が2日以上も過ぎてしまった菓子パンでした。
被災地ではその様な生活を余儀なくされています。

炊き出しといえば、被災者の方が列を成し、汁物などの器を受け取り、各々が食す、
といったイメージですが、現地で問題視されているのが、
被災者の栄養不足 栄養の偏り
です。
また、大規模な避難所(500~1000名)では、炊き出しは頻繁に行なわれて
いるそうですが、自宅避難者が多い、小規模な避難所(避難集落)では、あまり
炊き出しは行なわれていません。物資が行き届いていない状況と同じく、避難所に
よっても支援の偏りはあるようです。

今回、その様な状況を踏まえ、小規模の避難所を対象とし、栄養価が高く、また、
現地の方からの要望(肉・魚)に沿う形で炊き出しを計画しました。

$たいようくんのぶろぐ-炊き出し① $たいようくんのぶろぐ-炊き出し②
初めてLPガスボンベや大型ガス炊飯器を扱った為、上手く調理できるか不安では
ありましたが、無事に提供できてよかったです。この日は老人介護施設での炊き出し
だった為、塩分を控え、柔らかい食材を使った炊き出しを行ないました。

$たいようくんのぶろぐ-炊き出し③ $たいようくんのぶろぐ-炊き出し⑤

18日はBBQ。参加者でお金を出し合い、ビールを3ケース購入し、提供しました。
さすが、漁師さん。一人一本では足りず、自宅から5リットルの焼酎を持ってきて
ちょっとした宴会が。

BBQを企画した理由は、大人数の方に対応する方法として、BBQ形式であれば、
提供側の私達の負担が軽くなるのでは、と考えておりました。
ですが、一般的な炊き出しと比べ、会話ができ、ふれあいの場を提供できた事は
思わぬ副産物だったと思います。なかには3月11日以降、初めて顔を合わすことが
でき、抱き合い、お互いの無事に乾杯する姿も。BBQで本当に良かった。

炊き出しを終え、その地区の区長さん宅にお呼ばれし、午後9時頃、撤収する際、
鳥肌の立つ、素敵な風景を見させて頂くことが出来ました。
$たいようくんのぶろぐ-夜景

写真の写りが悪く、ごめんなさい。
その地区は未だ電気・ガス・水道が復旧しておらず、夜は真っ暗。
その為、星も綺麗で、写真のように満月がどこまでも続く太平洋を煌々と照らす風景
には言葉も出ませんでした。こんなにも美しい三陸の海が、あの日、全ての物を奪い
去ったとは、考えられませんでした。

ボランティア活動の内容もすこし。
2ヶ月経過した今も、現地はガレキの山。
本当に復旧作業は進んでいるのか疑うほど。
我々は炊き出しの合間の日程でこの様な撤去作業のボランティアを行ないました。

$たいようくんのぶろぐ-ボラセン
南三陸町ボランティアセンター
$たいようくんのぶろぐ-ベイサイドアリーナ
南三陸町ベイサイドアリーナー

$たいようくんのぶろぐ-V活動 前
ガレキ撤去前

$たいようくんのぶろぐ-V活動 後
ガレキ撤去後

ボランティアでの活動では、勝手にガレキ等の撤去は出来ません。
個人宅などからの依頼があり、初めて行動できるようです。
この日は荒砥地区の佐藤様宅から依頼があり、斜面のガレキ撤去と、側溝の泥出し。
水分を含んだ畳がここまで重いことを初めて知りました。
多くのボランティアさん達と一緒に作業し、一日掛かりで作業を終えました。
が、
周りを見渡すと、まだまだガレキの山。
まだまだボランティアの数が足りていないようです。


お客様よりお寄せ頂いた支援物資は、18日に炊き出しを行なった、寄木地区避難所
(漁家民宿やすらぎ)へお渡ししてきました。
この場をお借りして皆様の暖かい支援、心遣いに深く感謝いたします。
$たいようくんのぶろぐ-支援報告
この寄木地区では、約8割の家屋が流され、3月11日から9日間、生存者が居ることを外に知らせる事ができなく、また、誰もこの地区の存在に気付いていなかったようです。孤立した9日間、区長さん宅である「漁家民宿やすらぎ」に50名ほどが避難し、流れ着いた冷蔵庫から食料を探し、栽培していたジャガイモを食し、何とか命をつなぐ事が出来たそうです。
月明かりの写真も、このやすらぎさんから撮影したものです。



長々となりましたが、未だ多くの方々が支援を待っている状況です。
実際、私自身の目で見て、震災から2ヶ月経過した光景ではありませんでした。
多額の義援金も集まったと聞いておりますが、未だ分配が進んでいない事や
避難所によっての物資の偏りなどを考えると、直接的な支援がまだまだ必要だと
感じます。

6月にも、ニュー太陽グループ第二次災害ボランティア活動を計画中です。
その際には改めてお客様へは支援物資提供のお願いをさせて頂きたいと思います。
何卒、ご協力、温かいご支援をお願い致します。

こんにちは!

わたくし、と申します。

たまーーーに出現しますので、どうぞヨロシク!!



んで、早速、告知ビックリマーク

5月日()に

東日本大震災
復興チャリティー屋台

開催いたしますビックリマーク


詳細はコチラ↓


$たいようくんのぶろぐ-なみえ焼きそば

福島県双葉郡浪江町とは
福島第一原発の北に位置する町です。
現在、半径20km県内の「警戒区域」内であり
多くの住民の方が避難されています。

私たちでできること、何かできることがないかと考え、
調べたところ、今回のチャリティー屋台開催に至りました。

ちょうど、この5月1日に製麺会社「旭屋」さんの仙台工場
が稼働再開するとのことで、「なみえ焼きそば」の特徴である
約3倍も太い太麺を調達する事が出来ました。

当日は、募金箱を設置させて頂きます。
価格は1食100円以上。

皆様の暖かいご支援をお待ちしています。