　旧い映画だが、解離性同一性障害で解離した時の記憶が無い精神病者がメフィストフェレスの先導の元に殺人を重ねて行くがラストまで自分が殺人者である事を知らない、『エンジェルハート』という映画がある。映画はオカルトチックで、悪魔＝メフィストフェレスや悪魔崇拝など超科学的な色彩が強いのだが、これは普通の解離性同一性障害、精神分裂病患者を描いていて、神秘主義的な要素がなくても成立し得る内容だ。

　有名な心理学者カール・グスタフ・ユングが研究していた老賢人元型が、このメフィストフェレスに該当する。元型は、夢やファンタジーに登場する普遍的なパーソナリティーだ。元型は幾つかのタイプがあるが、老賢人は、道を指し示したり、質問によって、行動を促す元型だ。老賢人は、答えを知らない。なぜなら自己であるからだ。自己の知らない事は自己は知らない。旧約聖書のヨブも、同じ目に遭った。神に質問したところ逆に神に質問で返された。自問自答させて、ただ行動を促すだけだ。行動とは何かと言えば、仮説を生成し、それを検証する作業である。この仮説生成と検証を促す存在が、妄想障害に至った場合に、視覚的な幻覚として、あるいは聴覚的な幻覚として、知覚する事になる。あるいは聴覚的でさえなく意思として知覚する場合もある。しかしながら老賢人というアドバイザーのような、あるいはディレクターのような意思のようなもの、仮説生成、仮説検証の作業は通常の思考のプロセスであって、普通はその声が聞こえないし、無音の抽象概念としても知覚しないし、人格化されない。その声が聞こえたり、意思のようなものを感じる場合には、生物システムの支配が強まっている状態だ。三島由紀夫氏も、三島事件の９ヶ月前に行われた対談で、この意思のような存在、自己を操っているように彼が感じていた存在に言及している。この存在は自己の思考や行動に自信を与えてしまう。この存在は存在ではない。この存在は、あくまでも想像上の、「存在のようなもの」だ。それは仮説生成と検証への生物的な指向性であって、存在（＝Being）ではない。

　この老賢人元型が危険極まりない。少し前にタイで銃の乱射事件を起こした少年が聞いた声「撃て」の声の主も、この老賢人元型以外にはあり得ない。なぜ、その声の指示に従うのかと言えば、規範従属性が高まっているからだ。なぜ規範従属性が高まっているのかといえば、だから精神病なのだ、ということになる。さらに、途中の結論を省いた結論を記せば、彼は既に太古の原生生物と行動原理が同じになっていたからだということになる。

　なお、悪魔崇拝の血の儀式は、解離させる効果があるので、この儀式が解離性同一性障害の直接の原因になってもおかしくはない。実在する他者人格の憑依も十分あり得る話しだ。それはオカルトでも超常現象でもなく、生物システムの規範従属性によるものだ。想像上の他者人格や動物その他の憑依も同様にあり得るのである。映画『エクソシスト』の少女も、このパターンだ。

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映画『エンジェル・ハート』のメフィストフェレスとCGユングの老賢人