ぜひ会ったほうがいいと知人が段取りした。


そのお相手は、東洋哲学の権威、インドのロケーシ・チャンドラ博士だった。


後日、創価学会から博士と池田大作会長の対談集が送られてきたのだから、相当著名な方なのだろう。


ニューデリーにある博士の研究所には、召使一人がいるだけで、受付とか何もなく、大きな机の上には雑然と本がツンドク状態。


人の背ほどあった。


こんな青二才(当時)が、東洋哲学者と対談するとなれば、「こんにちは、さようなら」とはいかず、事前に中村元さんの本やらを一通り目を通した。


輪廻転生(りんねてんしょう)ーー「生前の行いの善悪」によって、人間は死後、再び人間に生まれ変わったり、動物、地獄の餓鬼(がき)などに生まれ変わったりして、始まりもない遠い過去から旅をし続けて、何億年も何千年も繰り返し続く。


この考え方では、現世はかりそめのもので、生に対する冷淡なニヒリズムを生み出して、現世に対する絶対的価値に乏しいようである。


輪廻転生観は、生前の行為、すなわちカルマ=業(ごう)によって、悪因悪果、生前の行いが悪いと今の悪い自分があるとなる。


これが封建的な身分制度、カーストを正当化することになる。


また記憶に間違いがなければ、両親から受け継いだカルマはこの世だけ、親子関係自体、この世限りのものらしい。


輪廻転生は生だけでなく、社会改革、家族愛にも冷淡なニヒリズムを生み出している。


人間は死んだら終わり、その先は無。


だから生ある今を一日一日意味あるものとして生きていかなければ、と思っているブロガーには、とても取り入れられない考え方ですが・・


北京五輪聖火リレー騒ぎを眺めて、チベット仏教について書こうと筆を進めていたことが、ぜんぜん違う方向に行ってしまった。