数か月に一度、東京目白の酒屋へ仕入れに行く。宣伝もせずに看板も目立たず、そして店頭販売のみの経営に徹してきた。(何処かの店と同じ匂い)しかし、英国の雑誌「ウィスキーマガジン」はじめ数々の小売店賞を受賞している。足を踏み入れると、う~ん、幼子がディズニーランドでワクワクするあの感じ、大人の私が時間を忘れてそこにずっと佇んでいたい、そんなすてきな店である。以前、そこの店主がある雑誌のインタビューでこう話されていた。
「笑わなくても楽しんでいる人は結構いるし、それを無理して笑わせようとしなくもていいし、そういうのは大人なんですよね。酒を通じて、大人の愉しみ方を学べると思う。
アメリカの酒屋みたいにどんどん吸収して100店舗作りました、金も売り上げも何倍です、それはヨーロッパではビッグとは言うけれど、それはクラッシックとは言わない。私の目標とするクラシックとは、1店舗で100年続く店のこと。そのためには、1人1人を大事に、お客さんを。顔の見える商売が何よりも大事。」私も斯くありたい。
先月、そこで新しいお酒に逢った。小さな輸入業者が、あの地中海のマルタ共和国まで足を延ばして見つけてくれた一本。遠く日本へ紹介したいと思う、その熱い思いとともに、マルタ共和国の温かな潮風までもが、手にしたボトルからじんわりと伝わってくる。その思いを一杯のグラスへ込めて、ここ仙台の小さなバーで薬酒好きな仲間と愉しむ時間。震災から5年。いろいろなことがあったけど、これからも。でも、こんな時間を持てる幸せに感謝。一本一本のボトルに秘められた歴史。一人一人に刻まれゆく人生。
本当に大切なことはやはり目にはみえない。心で感じてそして伝えていくもの。
沢山の方々の無念に、今再び 合掌。
今までの人生の中で、自分探しの旅というものはしたことがなかったが、昔住んでいた大阪へ、昔の自分をトレースする旅をしてきた。そこで生まれ幼稚園まで過ごした娘と、何もわからない(笑)その娘と共に。
大阪時代、三人の年子を抱えた里帰りはたったの一度だけ、それも新幹線を乗り継いで半日以上かかる旅。あの長旅の時間をどう過ごしたのか記憶はないが、孫と戯れながら途中目にする富士山の、雄々しき姿は変わらず。あれから25年。今では仙台駅から新大阪駅まで4時間程。
賑わう新大阪から、御堂筋線に乗り換え何千回も乗降した江坂駅へ。懐かしいのは私だけ。その昔、ベビーカーを押して散歩した道を歩くが、流石に娘の記憶は無いらしい。しかし、通った幼稚園を訪れると、記憶が蘇ってきたと喜んでいた。不思議そうに佇む孫が、25年前の制服を着た娘の姿と重なる。娘が遊んだ遊具で孫が遊ぶ、これ諸行無常なり。もしずっとこの街で暮らしてたなら、どうなっていたのかな…いや、今が一番やね。

梅田へ戻り、夜はやっぱりお好み焼きで〆る。翌日は、グリコとくいだおれ人形にご挨拶して、高さ300mを超える日本で一番高い高層複合ビル、あべのハルカスへ。後で調べると「伊勢物語」の一節「晴るかす」から名づけられたそうな。大阪市内が一望できる60回ラウンジでひとり思う。いつの日か、次は娘が孫を連れてきて語るのかな。「ここはな、おかあちゃんが生まれて幼稚園まで住んどった街や。大きいやろ。」そのころ、孫が大阪へ住んでいたりして…縁は異なもの味なもの、人生はようわからへん。その頃私は、あの世で一杯やってると思うし(笑)。

今の科学では難しいタイムマシン。しかし、心の時間旅行はこんなふうに愉しめる。ほんまに大阪はええとこです。
週末、お仲間の一人、カフェSOYOさんのお店で、来月から東京へ仲良く転勤となる、横田&照井さんの送別ライブを開催
席数が限られてるので、バンドメンバー中心にお声がけをし、SOYOオリジナルプレートとお抹茶
乾杯のワインは持ち込みを許されて、4リットル(あっという間)
今ここに集ったいつものメンバーが二人を見送る

なんと、今宵のサプライズはフラワーデザイナー森春雄さんのフラワーアレンジメント
一足お先に、天井に桜が舞うSOYOに酔い
アンコールの曲「桜」松岡さんの歌声が皆の心に響く
先日、熊本へ帰る吉田君を見送った
もしかしたら、もう会うことはないかもしれない彼を…
いや、人生はおもろいもの
またいつか必ず会えますよ
会いにいきますよ
東京へ向かうお二人とは、新橋のガード下あたりで
来月あたり酒を交わしてるかもしれませんね(笑)

終えて、今月14日にオープンしたばかりの隠れ家エルシロで
遠藤さん達と反省会という名の飲み会
流れて玉葱屋へ…久々に飲み過ぎた
春一番はこれから