先週、久々に感じの悪い客に遭遇した。深夜のことで酒に酔ってきたからとの言い訳は聞きたくもない、どこのお偉い方かは存じませぬがとにかく態度がデカい。声もデカい。ダーウインの進化論的には、強かろうがデカかろうが、世の中の変化に対応できない種は滅びるのだが(笑)初めまして…の会話もなく、あんたはオーナーか、雇われか?何でこんな店をやりたかったのか?とスカッドミサイルをぶち込んできた。こういうおじさま、ホント疲れる。
夢というのは様々です。幸せの価値観も異なります。若い頃から、こ~んな店を夢見て、サラリーマン時代は沢山の酒場を巡り、酒を学び、コツコツお金を蓄えて、こ~んな私でも、いよいよチャンスが到来し夢を形にしたまでです。何かご不満でも?とパトリオットを返してやった。私もムキになってしまうのはまだまだ修行が足りないが、無礼には無礼で!幼少の頃、親から箸の持ち方を教わるように、学卒で入社してまず教えてもらったのは、社会人としての身のこなし方。古い時代ではあったが、女性社員は秘書課でなくともお茶の出し方から研修を受ける。会社の評価は、商品や資産だけではなくそこで働く人間の質が問われた時代でもあった。今思うに、所作、振る舞いや言葉遣いはその人間を知る上で一番の基準となる。思いが言葉となり行動となり、果ては運命を司るとマザーテレサも語っているではないか。酒場では、そして特にカウンターに女性が一人立つような処では、金を払ってサービスを受ける側のその本性が剥き出しになるので実に面白い。世の中はどんどん変わっていくというのに、女一人の力でお店を立ち上げるなんておもしろくないといった傲慢な幼稚な男も今だにいるからだ。そして、彼は先生とか呼ばれちゃってるから笑ってしまう。
そんな夜にはゴメさんに愚痴を聞いてもらったり、時間がある時には松島の小舟のお母さんを訪ね元気を頂く。小舟のカウンターでは、いつもダンディなお父さんが大好きな一ノ蔵を呑んでいた…あのお父さんが天国へ逝ってしまったと、突然の訃報を受ける。今春、仲間のアンディの死を共に涙してくれたお母さんへの恩返し、長い間お世話になったお父さんへ感謝の意を伝えるために…人の世の儚さを噛みしめながら、昨日松島へ向かった。
この本の著者、尊敬する内田先生は、本物とニセモノを見分ける能力を身につけることが大切、それが真の教養だと綴っておられた。また、相手の気持ちを理解できることも教養であると。
松島駅からお通夜の会場まで、ナビでは1キロとあったが、猛吹雪と街灯の無い道で方向感覚を失い、近くに居合わせた若者たちに道を尋ねた。なんと、その若者たちは、マッチ売りのおばさまを会館まで送迎してくれたのである。ナビは間違っており、歩けば恐らく30分はかかった。マッチは無くなっていただろう。
ブログ上にてあらためてお礼を申し上げます。辛く哀しい訪問ではあったけど、彼らのお陰で心の奥が温かくなりました。どうか、日本の将来を宜しくお願いしますね。
そして、天国のお父さん、父やアンディと一杯やっててください。暫しの間。