アンディが独り旅に出てから、私は暫くローカル線の旅をしていない。まだ、する気になれないと言った方が正しいか。ただ、月命日の時だけ、東照宮駅から葛岡駅までの、少しの時間だけ仙山線に乗る。仙山線は過去に数えきれないほど乗った。私は、東北のローカル線の中で、仙山線は三本の指に入るほどの絶景路線と思っている。でも、ここ葛岡駅で下車したことは勿論無かった。葛岡駅のホームは高台に位置してて、遠く太白山や仙台湾までも眺められる絶景ポイント。知らなかった。空気が美味しいし、静かな処。昼吞みもできそう。
週末、少しばかり傷ついた心を癒したくて、三浦さんが車を出してくれて(初めてのベンツ)雨上がりの墓路を登った。霊園に入ると、この世とは思えない特異な空気感を感じる。早すぎた死を悔やむね、と三浦さんが手を合わせる。私もそう思う…先日、仲間の一人が持ってきてくれた、JRトランヴェールのエッセイにこんな一節があった。三十年来の友人の葬式に参列するため、故郷へ帰った時のエッセイの題名は「それでも空は青い」以下抜粋。
早過ぎた死と皆は言うが、睡眠時間の少なかった友人は一生分の昼間を生きたはず。ここ数年は家族旅行へも出掛け、娘も結婚した。やることはやったのだ。僕は考える。もう死ぬのが早すぎる年齢じゃないのだから、好きなように生きよう、と。人の死は不公平なくじ引きだ。くじが当たってしまうまでは生きなくては。「死にたい」なんて言う奴は、もう少し生きたいと思っている人間に寿命を分けてやれ。
花を供えて暫く佇んでいると、仙山線を走る列車の汽笛が聞こえた。アンディも、一生分のローカル線の旅をしたはず。それでも足らずに、もっと遠い世界へ一人で旅に出てしまったのだと、そう思いたい。彼の帰りを待ち侘びた仲間が、そのうちに一人また一人、彼を追いかけて旅に出るんだろう。この私も。
翌日は、娘夫婦と久々のフリーマーケットへ。子供達が小学校の時分から、毎年参加してたフリマ。モノの大切さや、大袈裟かもしれないが経済を体験できる。あと数年したらモンスター達が遊び半分でフリマに立つんだろう。もう私の出番はない。私も、やることはやったかな。いや、まだ一つだけ残っている(笑)いつになるかはわからないけど、私にとっては世界にたった一人の母を看取らねば。今年の七夕の短冊に書き込む言葉は、鬼母の健康!織姫ちゃんと彦星くんの逢瀬などそっちのけ。あぁ、かなし。