連休、二郎先生は雨の銚子へ旅立った。私は久しぶりに石巻から遊びにきたモンスターとご対~面。早いもので、彼は年が明けるとピカピカの一年生である。デートに誘ったら、もう、アンパンマンには興味がないという。その昔、雨の週末には三人の子供達を連れて、天文台か科学館で日がな一日を過ごした。あれから20年。私は20年ぶりの科学館へモンスターと一緒に訪れることに。相変わらず、入り口には巨大な像の標本がおでむかえ。しかし、他は様変わりしていた。科学館が初めての彼も、自分もワクワクドキドキ…パソコンコーナーは満席で、小さな子供達がマウス片手に何やら遊んでいるのが妙だったけど、こうして時代は変わっていくんだ。いつのまにか、モンスターは一人でトイレにも行けるし、順番待ちも自主的にできるように成長していたので、付き添いは楽チン。電磁波のコーナーでは自分も子供に帰る(笑)巨大シャボン玉や、香りファクトリーでの実験に魅せられたモンスターは、一向に帰る様子を見せない。無我夢中で実験コーナーを巡る。大人になると、こんな風に無我夢中になることが少なくなる。そんなモンスターが羨ましく感じた。無我夢中に野原を駆け回ったり、無我夢中に誰かを愛したり…
今日は初雪の舞う中、NHK文化センターの特別講座を受講。なんと、ジャーナリスト池上彰氏と考える「東日本大震災 復興への道」昨夜、取材先のヨルダンから帰国し、その足で仙台入りした彼は風邪気味。ヨルダンの国連難民キャンプには、毎日数百人の難民がシリアから入ってくる。ヨルダンの夜はかなり冷え込んでいて、ボランティアの日本人のメンバーは、今年中に全員にフリース(大半がユニクロの商品だった)を配布したいと意気込んでるのだが、取り合いで暴徒化し、中々進まないと嘆いている。震災直後の避難所の様子をみても、日本は、ルールを守る国民性があるということを実感した。しかし、ルールを作り上げたり、変更したりすることが下手な国民でもある。今、復興予算が2800億円使われないまま、来年3月には国へ返却しなければならい。それはおかしい。だが、変えられない。一体、ルールとは何の為にあるのか。こういうときの政治主導が問われている。
また、震災直後、狭い世界で浮世離れした専門家の実態が明らかになった。何かが起きた時、人はわからないことが、一番不安なのだ。学び、知識を高めることは大切だが、世界から日本を捉えると、広い視野と、コミュニケーション能力が特に欠けているように感じる。そのために、自分の今までの経験を活かし、次の時代を担う若者たちの指導にあたっていきたいと語っていた。
私たちも、未来のモンスター達へ何かできることがないか。娘との雑談。その答えは身近なところにあった。それは、幼児の通過儀礼ともなっているアンパンマン。「飲食」が大きなテーマとなった世界で、本来の「食べる」と「食べられる」の食物連鎖的な循環を裁ち切り、自らを食事としてのみ差し出す自己犠牲こそがアンパンマンのヒーロー性。空腹の者に顔の一部を与えることで悪者と戦う力が落ちると分かっていても、目の前の人を見捨てることはしない。かつそれでありながら、たとえどんな敵が相手でも戦いも放棄しない。これらの点について「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分も深く傷つくもの。」と作者やなせたかしは、語っていた。世界には、未だに貧困な国が絶えない。また、飽食時代のツケはこころの飢えとなって返ってくる。まずは、日々の食生活、食事作法から。酒の呑み方は、大人になってからでも間に合うからね。