東日本大震災についてのエッセイ集『復興の精神』 その中で茂木さんが投稿された表題である いまは取り乱すことなく冷静に自分の成せることを成す、との意 人生には多様性が必要である 喜びと哀しみ、目標に向かって懸命に生きるときもあれば、あてもなく放浪の旅に出るときも・・・ そこで大切なのは安全基地 赤子が母を追い慕うように戻れるより処があること 今、生きる場を失った被災者のために我々が安全基地となろうと茂木さんは語っていた それは、愛するひとのためは勿論のこと 家族でも仲間でも誰でも・・・ この震災の後、余震が続いてお店の中に独り過ごすのは心細かった 早い時間に一緒にいてくれたみっちゃん、時間を作って駆けつけてくれた娘 二郎先生は大きな余震が来るときまで(といってもいつになるかしれないので三ヶ月の契約?で)毎晩仕事帰りに顔をだしますよ~と言ってくださった 正直、言ってしまってから後悔したかもしれない(笑)が、それは小心な私にどれだけ心の支えになったことかしれない 日付が変わって深夜6月11日その三ヶ月目を迎えた(拍手)来月イスタンブールへ遊びにいくという友人を見送り、二郎先生と打ち上げを・・・感謝と追悼の意を込めて 向かうは朝の5時まで営業を再開した餃子の王将 何本呑んだかしれないが紹興酒小瓶の熱燗が399円 餃子が220円 本場キムチはボリュームあって130円と素晴らしい 閉店まで客が途切れず店員は常に店内を駆けまわっている元気な日本がそこにあった 玄侑宗久さんが「借りる力」と題して・・・ 震災前までは「おひとりさま」というのがこのところのトレンドだった日本 しかし、人は決して一人じゃないし本当は一人じゃ生きていけないことをみな知っただろう 人の力を借りる それは若者だけじゃなく人間に不可欠な能力なのだ、と語っていた 振り返ればこの三ヶ月、沢山の方々に支えていただき私なりに支援できることはしたと思う 何よりも、仲の悪い?母親と大人になってから初めて一緒の布団で不安な夜を暖めあって過ごせたこと・・・ 思い出すとちと気恥ずかしいがこんなことがなきゃ母の懐かしい温もりに触れることはできなかったかもしれない さぞかし父も安堵したことだろう 誰かのために生きることで強くなれる、不幸せじゃないと得られない幸せというものがあることをあらためて実感した ところで、このところの明け方の見事な惑星配列をごらんになりましたか? この地球も太陽も月もみな keep calm and carry on